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野菜の横綱 その2(食材今昔物語 魚篇)そして海にまつわる感動秘話

肉の次は魚の話。

いつもは「だ、ある調」で記事を書いている。意識的に先回は初めて「だ、ある。です、ます。」混合調で記事を書いてみたが、失敗したようなのでまた元に戻す。この歳になってもいろいろと新しい試みをするとはたいしたもんである、と言いたいところだが、要は何事においても型が定まらないと言う私の特質が出ただけのこと。


国道8号線を挟んで目の前はすぐに日本海、と言うところに住んでいるから、海は子供の頃からのお友達である。しかし、親友にはなれなかった。釣りもしたし、泳ぎもしたし、石投げもした。海に向かって「バカヤロー」と叫んでもみた。でも結局のところは親友と言うほど親しくはならなかった。釣りも、泳ぎも、石投げも、バカヤローもいつだって出来ると安易に考え、油断したのがいけなかったようだ。
海は歳をとらないが人間は歳をとる。半世紀以上も生きてきたオッさんが今更「バカヤロー」と言っても絵にならないし、50肩を抱えていては石投げも出来ない。だから、海に関して語るべきものがあまりないのだ。と、こんな風に言ってしまえば身も蓋もないので、一つだけ感動秘話をお届けする。この感動秘話はけっして人様に感動を与えるような、そんな類の話ではなく、私が感動した、と言う話であるから、ハンカチの用意はいらない。

私が高校1年生の頃の夏の話である。その日の暑さに耐えかねた私は珍しく海に向かった。「バカヤロー」を言うためにではない、どちらかというと、「バカヤロー」は色付いたモミジが葉を落とし、熊たちがそろそろ冬眠の準備を始める、木枯らしの吹くそんな頃合いが一番絵になる。経験上、私はそのことを知」っているから、この時は水浴びをするために海に向かったのである。いつもの砂浜」は準備を整えて私を待っていてくれた。さらに、歳の頃は16,7の美しい少女がストレートの長い髪の毛を潮風にたなびかせながら、まるで私が「いつもの砂浜」に来るのを知っているかのような風情を漂わせて佇んでいた、というのはウソで、砂浜と一緒に私を待っていてくれたのはフナムシと通称ヨコノミ(蚤の形に似たぴょんぴょん跳ぶ虫)だった。
妄想から抜け出た私はガッカリして、彼らには挨拶もせずに、すぐに海へ飛び込んだ。
「ひやぁぁ、きっもちいい」挨拶代わりにフナムシたちに叫んだ。

ひとしきり泳ぎ回った私もすぐに泳ぐことに飽きた。生来、私は何事にもすぐに飽きるのである。泳ぎを中止して、私は海に立った。気分転換の早い私は「早く家へ帰ってスイカを食おう」と思い、海の中を数歩歩いた。その時、足の裏に異物感を感じた。「??」私は石ころ状の異物を器用に足の指先を使って捉えた。異物は巻き貝だった。この海では見たこともない貝だった。アンモナイトである、というのはウソで、どうやらバイ貝(クロバイ)のようだ。早速家に持って帰った私は物知りのスイばあちゃんにその巻き貝を見せた。
ume「これなんだろうね。バイかな?」

スイ「おおこれは珍しい。明らかにバイだ。おれ(当時のばあちゃんの一人称はおれ)の子供の頃はいっぱいいたモンだが、もう何十年もみていない。これはどこで拾ってきた?

ume「細川大工さんの作業場の下の砂浜さ」

スイ「そうか、昔は、魚の頭をバイ篭に入れて採ったものだ」

ume「フーン、そのバイ篭ってウチにある?」

スイ「ないない、そんなものない。ウチには金もバイ篭もない」

ume「そうか」

と言ってその場を立ち去ろうとするume少年をスイばあちゃんは呼び止めた。

スイ「待て!」

ume「なんだよ」

スイ「バイは1個しかいなかったのか?」

ume「ああ」

スイ「でも、探せばまだいるかもしれないと思わないか?」

ume「思わない」

スイ「思え!」

ume「思わない」

スイ「思え!」

ume「思わない」
スイ「試しにざるの中に魚の頭を入れて海の中にしかけてみたらどうだ。」

ume「もういねーよ。一個しかいなかったんだから」

スイ「バカだね、おまえは。おまえが見つけたのはたった一個かもしれないけど、ひょっとして砂の中にまだ潜っているかもしれないだろう。クロバイは良い値がつくから、いっぱい獲れれば一儲けできるぞ」

一儲けにはあまり興味のなかったume少年はさらにその場を去ろうとした。

スイ「待て!待て、待て、待て!」

一儲けに執念を見せるスイばあちゃんはなかなか私を解放しない。

ume「その一個ばあちゃんにあげるから、早くスイカ切ってくれよ」

スイ「スイカは切ってやる。その代わりばあちゃんの言うことを聴け。」

スイばあちゃんというのは「杉」の話に登場した捨次じいちゃんの連れ合いである。じいちゃんは穏やかな人だったが、スイばあちゃんはなかなかの人である。

ume「わかったよ」
ume少年は観念して言うことを聴くことにした。その方が身のためであると判断したのである。あまり言うことを聴かないと鉄拳が飛んでくる危険があった。

結局、スイばあちゃんの執念に負けた私は、ざるの中に魚の頭を入れて、再び海に向かった。強欲のばあちゃんはナント私にざるを4個も渡してくれた。
いつもの砂浜に到着したら、先ほどのフナムシとヨコノミが懲りもせず私を待っていてくれたが髪の長い少女はいなかった。
私はスイばあちゃんの言ったとおりにざるの中に魚の頭と重し代わりの石ころをいれた。
家に帰った私はスイばあちゃんからスイカを切ってもらった。

スイ「たくさん獲れたら、俺とおまえで山分けにしよう。魚屋には話を付けてあるからな。今は良い値がついているそうだ。ウッシッシ」強欲独特の気持ちの悪い笑いをスイばあちゃんは浮かべた。知恵を授けただけで何もしないスイばあちゃんと山分けとは、割の合わない話であるが、仕方なく承伏した。

夜の9時に仕掛けをあげろとのスイばあちゃんの指令だったが、久しぶりに泳いで疲れた私は、いつの間にかうとうとしたようで、バイのことはすっかり忘れていた。

p.m9:00

スイ「ume起きろ!」

ume「うるせぇな、なんだよ」

スイ「行ってこい、海へざるを見に行ってこい」

ume「明日にする」
スイ「バカ、明日じゃダメだ。みんな逃げてしまう。本物のバイ篭なら、バイは逃げられないが、ざるだから、えさを食ったらみんな逃げてしまう」
仕方なく私は重い腰を上げた。

いつもの砂浜に到着したものの、ほとんどバイ捕獲に期待感がなかった私は義務だけは果たそうと海の中に足を入れた。ひんやりと気持ちが良い感触だった。
先ほどざるを仕掛けておいた所を覗いてみたが、仕掛けておいたはずのざるが見あたらない。赤とか青のハデな色のざるだから見失うはずはないのだが、私の目には見えない。流されてしまったのかと思い、早々とざるのことを諦めた私は帰途につくべく、踵を返した。「ン?」夕方にはなかったはずの大きな石ころが、ざるの置いてあった場所にある。可笑しいと思ってよく観察するために目を近づけた。
その目に飛び込んできたのは、バイ貝がざるから溢れ、小山のように盛り上がった姿だった。大きな石ころに見えたのはバイ貝の大きな固まりだったのである。四つのざるすべてが同じ状態だった。期待していなかっただけに、この黒い大きな固まりを見た時の感動は例えようもなかった。そうなんです。私の海がらみの感動秘話とはこれだったのです。ほら、ハンカチはいらなかったでしょう。

収穫を抱えた私は私は意気揚々と家に引き上げた。スイばあちゃんの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
収穫の報告をするとスイばあちゃんは、案の定大喜びした。
「でかした。でかした」スイばあちゃんは私を褒めちぎった。スイばあちゃんにほめられたのは生まれて初めてのことだった。
スイ「ほらね、年寄りの言うことは聴くモンだろう」と自分自身の判断力の良さを自画自賛し始めた。

スイ「明日、早速、佐次平(佐平次ではない)魚屋に買ってもらおう」

ume「頼んだよ、ばあちゃん」





不思議なことに、バイが獲れたのはその時だけで、味を占めて、その後も何度か仕掛けを続けたのに、収穫があったのはそのときだけだった。どういうことか今でもよく分からない

以後40年間「いつもの砂浜」でバイを見ることはなくなった。私がすべてを取り尽くしてしまったのであろうか。郷土の砂浜からバイを絶滅させたのは私だったのであろうか。


もう一つなくなったものがある。バイの売上金である。翌日スイばあちゃんは佐次平魚屋にバイを売ったのであるが、分け前の金が私の所に届かない。遠慮深いume少年はそのことを問い質すこともないまま20年後、スイばあちゃんも失ってしまった。


食材としての魚に話題が及ばないまま本日の記事はおしまい。

続きはまた次回。




続く
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COMMENTS

あれ・・・

こんばんは。
あれ、「拍手!」をクリックしてからコメント書いたんですが、出てないですね。
で、何を書いたかというと・・・読ませますね! いま私の目の前には夏の日本海の情景がひろがっています。ume少年の姿と!

素敵な話ですね

初めてコメントします。遠い日の童話のような素敵な話ですね。スイばあちゃんもいいですね。私も髪を風になびかせた少女に会ってみたい。

酔流亭さんこんばんは

田舎の少年達はみな似たような体験をしております。何事において、豊かではなかったけれど、日々、わくわくするような体験がありました。当時は、田舎と都会では随分違った生活だったと思います。今はどうでしょうか。少年達にとって、田舎も都会もほとんど差がなくなってきたようです。

gakisさんいらっしゃいませ。

gakisさんのクールで落ち着いたタッチの文章を毎日楽しく、時に腹をたてながら(?)拝読しております。私も簡潔明瞭な文章が書ければ良いのですが、どうしても冗長でまとまりのないものになってしまいます。100円札、自由民権運動で検索すればすぐ出てくる苗字が私の本名で、高校生の頃は略して下の二文字だけで呼ばれていたこともありました。つまり、gakiと呼ばれていた時代があったのです。どうでもいいことですが。

奈良は修学旅行でしか行ったことがありません。出不精の私ではありますが、一度ゆっくりと、例の田舎道と公園を探索しながら、奈良を旅したいと思っております。
ちなみに、例の名立町は古くから優秀な宮大工を輩出しており、彼らの手にかかった京都、奈良の寺院が数多くあるそうです。

そんな魚屋があったのですか

彼も落語好きなのでしょうか。
バイ貝、高いのですか。おばあちゃんはumeさんのお小遣いに充てたのかもしれませんね。

saheiziさんお帰りなさい

信州の空気はいかがでしたか?
田舎では同じ苗字が多いため「屋号」が発達しております。「佐治平」は昔の当主の名前だと思われます。私の住んでいる集落は24戸ですが、苗字は8種類しかありません。苗字を付けるとき、考えるのが面倒くさくて、「おれもそれでいい」と言う具合に同じ苗字が重なったのでしょうか。
ちなみに、我が家の屋号は「紺屋」です。

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