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野菜の横綱 その1(食材今昔物語 肉篇)

「お気に入り」に登録してあるブログにはけっこうマメにコメントを書き込んでいるのに、我が「盆の風だより」はずーっと店主不在の開店休業が続いている。そろそろ陳列商品にはたきをかけて、モラトリアムの世界から脱出しなければならない。日向ぼっこしているクラゲのようにいつの間にか影も形もなくなる危険がある。




やっぱり野菜のことを書こう。

「ちょっとした事情」が生じたために「野菜の横綱」はタイトルをそのままに「食材の今昔物語]と,NHK特集のようなサブタイトルを付け加えます。「ちょっとした事情」については後ほど明かします。

「野菜の横綱」はなんであるかをテーマに記事を書くと予告編まで流しておきながら、ずーっとほったらかしていた。まずこれからかたずけよう。




食卓で野菜が主役になることはめったにない。たいていは肉や魚が主役だ。野菜は脇役の役回りが多いし、時にはエキストラ扱いを受けることもあります。
きちっと面をとったニンジンやジャガイモの温野菜が肉の傍ら、皿の片隅で行儀良く正座してしている様は、一見横綱の土俵入りを見守っている露払いのようにも見えます。いや、むしろ太刀持ちか?刺身の彩りや薬味として添えられるパセリや大根はどうでしょうか。パセリの役所はは女の子の髪を飾るりぼんのようなものですが、日本料理の代表格の刺身に西洋野菜の組み合わせがちょっと不思議です。誰が考えたのでしょうか。大根は主役の刺身の足がしびれるのを防ぐための座布団代わりということになるのか。いや、なりません。曲がりなりにも温野菜は「カリブ風仔牛のステーキ温野菜添え」と言う具合に、一応メニューにその存在が記されます。しかし、刺身のツマの野菜群は「ヒラメとカレイの舞い踊り風盛り合わせ、大根敷、パセリ添え」などと言うようにその存在を記されることもありません。ドラマで言えばエキストラ扱いであります。総じて食材界において野菜は軽んじられているといわねばなりません。野菜のことを「なければなくても良い」と世間では評価している人もいますし、野菜嫌いの子供達は「ない方がよい」と言い切るの子もいます。まるで、キーボードのキューと同じ扱いです。(実際、私のキーボードはキューのキーが欠落したままですが、全然不自由していません。)明らかに野菜は、肉や魚に比べ不当な扱いを受け、ないがしろにされている場合が多いのです。

野菜にはいろいろな種類があります。個性派揃いです。しかも、続々とニューフェイスが登場します。昨今の映画界には、個性的な名脇役が少なくなったという事実と比べてみてください。野菜が全員集合すればすごいキャストになります。映画界に貸してあげても良いほどですが、アルバイト扱いでは困ります。正社員でなければだめですよ。



肉は長い間、魚や野菜をさしおいてずーっと食材界の中心に居座り続け、我が物顔で食材界を席巻していました。肉汁という強い武器を持っているがために、のほほんと過ごしながらもその地位を脅かされることはありませんでした。安易なたとえですが、政界における自民党みたいなものです。食生活が今ほど豊かでなかった子供の頃、肉はまさに垂涎の的で、アメリカ映画の食事のシーンで、ナイフやフォークを巧みに操りながら「ビフテキ」を食べる様は、カレーに肉の代わりのサバ缶を使用していた時代を過ごしてきた私にとって、どんなにか肉に対する憧れに拍車をかけたことでしょうか。『「ビフテキ」をを食うために俺は金持ちになる』と強い決意を抱いたのは8歳と3ヶ月の頃でした。「ビフテキ」を食いたかったら、なぜ「俺は肉屋になる」と考えなかったのでしょう、今からすると不可解です。農家であったから、野菜には不自由しなかったし、魚も、家の前がすぐ海だったと言う環境だから、新鮮な魚はたやすくに手に入いりました。しかし、肉だけは直江津まで汽車に乗って買いに行かなければならなかった。肉との触れ合いは1年に、わずか数回しかなかったのです。
あっ、今思い出したけど、肉と言えば鶏はよく食べた。卵を採るために、当時の農家はたいていニワトリを飼っていて、卵の生産性が悪くなると、今は亡きスイばあちゃんが得意技「首捻り」で絞めていたのを思い出す。鶏たちもばあちゃんの殺気を感じると「今度はおまえの番だぞ」「いや、あいつだ」とささやきあっていたものです。この絞められた鶏たちは「鶏鍋」にされる。卵が尻の方から順番に、極大、大、やや大、中くらい、やや中くらい(こんな言葉はない?)小、やや小、極小と言った具合に、整然と並んでいた。ゆで上がった姿しか見たことはないけれども、あの卵は、ほとんど黄身で、殻のない状態だったはずだから、一体どんな風に体の中に格納されていたのかよく分からない。残ったガラは中華そば(乾麺)や手打ちそばの出し汁に使われた。ばあちゃんはどういう手法でそばを打ったのか覚えていないが、つなぎにいれる山芋の分量のを間違えたのだろう、松の葉っぱくらいの長さにブツブツと短く切れたそばが特徴で、エラク食いにくかった。しかし、ブツブツそばは鶏ガラスープの出し汁と絶妙のハーモニーを奏でていた。八王子には「冷やしトマトそば」があるそうだが、直江津にこんなそばがあっても良いだろう。こんなそばは、さすがの酔流亭さんや、花まきさん、小マメ太郎さん、がじゅたんさん、saheiziさん、夢八さんも食ったことはないだろう。
そういえば、乳の出が悪くなった山羊肉も食べたし、冬、仕掛けた罠にかかった野ウサギも食べた。近所の豚小屋が火事になり、焼け出された豚の丸焼けも食べた。こうしてみると、「ビフテキ」以外の肉はそれなりに食べていたようです。野菜の話をするはずなのに、肉の話が長くなりました。魚はとばして、と思ったが、そんなわけにもいかない。ひとしきり魚の話をしてからメインテーマである野菜の話に移ります。
残念ながら金持ちになるのに失敗した私ですが、オージービーフやアメリカ産の安い牛肉が手に入るようになった今、「ビフテキ」も特別な食い物ではなくなりました。


つづく



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テーマ : 徒然日記 - ジャンル : 日記

COMMENTS

サバ缶カレーって、美味しそうですね。
今度試してみます。
私の夏休みの思い出といえば、三時のおやつに大皿いっぱいに盛られたとうもろこしや枝豆やじゃが芋の茹でたのをワシワシ食べたのが一番記憶に残っていますね。
自分で釣った魚(もちろん生きてる)を包丁を使って三枚に下ろすのを覚えたのもこの頃でした。
でも、鶏やウサギは教えてくれる人がいなかったので、いまだに捌けません。

鶏のことを考えるならひと思いに。

「首捻り」の技を使うときは「躊躇せず、一気に」がコツだとスイばあちゃんは言っていました。鶏の羽根をむしるときは、熱湯をかけるときれいにむしることが出来ます。きれいにむしったときの”鳥肌”は見事なものでした。”鳥肌好き”には堪えられないでしょう。本文中の「ちょっとした事情」というのはmitsukiさまが関わっております。

鶏を絞めて

懐かしいです。
40年ほど前職場の小旅行で生きた鶏をかついで行って山の分教場(休みだったので空いてた)の厨房と教室を借りて鶏なべをしました。
もう世の中が落ち着いていたからそういうことをするのは始めての人が多くこわごわ見守る中を私が頑張りましたよ。
鶏のガラスープと蕎麦は合いますね。当然。だって鴨南蛮がうまいのですから。
田舎の手打ち蕎麦は技術よりそば粉ですからブツブツ切れてしまうのが多かったような記憶があります。
それも懐かしいです。

saheiziさおはようございます

「首捻り」が出来るのもそば打ちが出来るのもばあちゃんだけでしたので、今、ume家にはその技術は伝承されていません。首捻りはともかく、そば打ちは挑戦してみたいと思います。

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