経過報告

久しぶりの更新です。ブログの再開は「駅風呂で」と思っていいましたが、不本意ながら心身共にまだ「再開」と意気込むほどのレベルまで達していません。いつまで冬眠していても春はやって来そうにもない。ここは強制的に冬の帳を開けることにしました。

私の容態を気遣ってくださった方々への「経過報告」もしなければならないので、「とりあえずの更新」と言うことになります。改めて、私の体調に対し,心優しいコメントを寄せてくださった方々にお礼申し上げます。ありがとうございました。


元気だけがとりえの私が「なんだかわけのわからない」体調不良に見舞われてほぼ2ヶ月たった。神経障害による左指の機能不全で、ボタンが留められない、札が数えられない(幸い機会もない)、茶碗が持てない,Shihtキーが抑えられない。不便は相変わらずだが、更に、小用の際に、もともと存在感の希薄だった「アイツ」を引っ張り出すのも添えの役割を果たす左手が不自由なものだから困難になった。手伝ってもらうわけにもいかないので、なんとかしているが・・・。
いつぞやの冬に、亀を助けなかったせいで、たたりにとりつかれたたのであろうか?
近頃は、亀の神経への攻撃は足元にまでも及び、膝に力がはいらず、歩くことも頼りない状態だ。生来が、気は小さいけれど楽天家のはずだった私もさすがにうろたえている。この季節は、本来なら、西方にお住まいの「野草ウォッチャー」に負けずと里山で、野草観察に精を出したり、かわいいミニ盆栽たちと戯れているはずであったが、今年は、春を素通りしなければならないようだ。仕事も2か月休んだ。ベッドの中で思うに任せない身体をもてあまし、天井を眺めながら、体調さえ元に戻ってくれるなら、贅沢は望まない。今後の生活は「一汁、一菜、僅かばかりの香の物、できれば生クリームたっぷりのイチゴショート、なんならリッツでもいいや」と「めい犬ウメ公主」に願いをつぶやいてみたけれど、「ワン」と応えてくれなかったから、ウメの力はあてにはならん。
生きるの死ぬのと言う病気でもないし、大きな痛みを伴う病気でもないのだから泰然自若と構えていれば良いのだが、若い頃に修行を怠ったせいで、一人でいるときは滅入ってしまう。ページがうまくめくれないから、「風呂に浸かりながら藤沢周平」ができない。「こたつにもぐりながら池波正太郎」もできなかった。
いつまでもベッドの中で、天井の観察をしていても、ことさらの新発見もない。非生産的状況からの脱却を試みるべく半人前にもならない身体で現場へも出てみたが、足手まといにしかならない。零細業の哀しいところで、養生一筋というわけにもいかない。今のところ、若者二人が、がんばってくれている。感謝感謝である。
実のところ、「「治療方針」だけでなく「原因もよく判っていない。病名も名無しの権平。時間だけがズルズルと過ぎていく。「痛くないのだから、しばらく様子を見ましょう」としか言わない、やる気のない担当医に見切りをつけて病院も替えたみたが、新しい先生も、首を捻るばかりで、見通しが立たないようだ。この間までは、多少エラそーなことを言っていたかもしれないが、今私は、明らかに弱者である。心優しい強者になるのが、私の人生の目標だった。この程度のことで、突然、悟りを開いた物言いをするのも何であるが、このピンチで、人間なんてもの(=私)はもろくて、頼りないものであることを知った。
ありがたいことに、私には、支えてくれる人や助けてくれる人がたくさんいた。とりわけ、家族の存在をありがたくも、心強く感じている。のり子さん(妻)、和枝さん(母)、ありがとうよ。私が、感謝する人たちに報いるには、早く復活することしかない。辛気くさい文章を書き連ねながら、脈絡のない結語になるが、
私は元気ですよ