第二種電気工事士不合格!!

嬉しい知らせでないので何となく報告を躊躇していたが、たまたまmitsukiさんのブログで受験の記事が載っていて、流れの良い文章につい乗っかり、コメント欄で不合格の告白をしたのだが、やっぱりこういうことは自分のブログできちっと報告しなければならない。いろいろな事情から「電気工事士」の資格の必要性を感じて、声高らかに受験宣言をしたのは良いが、「学科」こそナントか合格したものの、実技は受験さえしなかった。受験日はちょうど「中越沖地震」の1週間後で、「いやぁー、地震の影響で受験できなくてサー」と言ってごまかす手もあったのだが、ジョージ・ワシントンの例を引くまでもなく、「人を欺いてはいけない」という古来からの教えに従い、正直に告白することにした。
受験日が近づいてきたのに、引き渡しの現場がいくつか重なり、ウメの手も借りたいほどの忙しさで、仕事が間に合わず、このままでは「ケツを割る」ことにもなりかねない状態に陥り、結局受験を犠牲にした。幸いにも[ume超零細小間物工事店]代表で受験した若者は合格。私は来年再受験することにした。我々工事業者にとって[引き渡し」に間に合わせるというのは最重要項目で、親が死のうがオヤシラズが痛もうが絶対守らなければならない。過去ログでも書いたので、[くどいくどき話」になってしまうが、雪国の宿命で、4〜5か月続く開店休業状態の冬期間のマイナスを残りの7〜8か月で穴埋めしなければならない。いかにもしんどいのだが、好んでこの地に住んでいるのだからしょうがない。これから暮れにかけてが特に忙しい。今週は、世間では3連休の暦周りだが、私は世間の仲間には入てもらえず、3連勤。「くどいくどきばなしの繰り返し」はここまで。言い訳になってしまった。ご期待に添えずゴメンナサイ.saheiziさん。酔流亭さん。


それにしてもこのくそ忙しいときに日本国の最高権力者が「首相辞任」のとんでもないニュースを提供してくれた。私が新聞社の植字工ならこっそりと[辞任]の二文字を[逃亡]に差し替えてやるところだが、その頃私は屋根の上で背に太陽の熱線、顔には融雪パネルの照り返し熱線を浴びて、トースト状態だった。おかげで「日焼けサロン」に行かなくて済む。ありがたいことだ。と話を逸らしちゃいけない。
つい数日前までえらそうに、もっともらしい講釈を垂れていた男の話をつづける。と言いながらも安倍本人は逃亡していなくなったから、もうどうでも良いが、「安倍政権」実現のために奔走した自民党の先生方や文春のアンケートで「やはり安倍でしょう」とのたもうた経済人、チシキ人、政治評論家のみなさま、さて、このオトシマエどう付けてくれますか?ムチな国民をオルグしようとしたのだから、ここはきっちりと反省文でも書いて、朝日新聞に全面広告を掲載してほしい。費用分担、割り勘の連名でも良いが、署名はなるだけ大きな文字で。
小泉退陣後の次期政権は「安倍がベストだ」と「反省文の人たち」がアッチコッチでガーガーいうものだから、てっきり私の目は節穴で、人を見る目がないのかと自信を失いかけてしまった。「トッチャンボーヤ」の風貌と雰囲気は見せかけだけで、本当は「すごい男」なのかもしれないとうっかり思い始めていたのだが、私の目は節穴ではなかったようだ。。それにしても日本は人材不足のようだ。本当にこんな人しかいなかったのか?これほど多くの人をコケにした人いないだろう。ギネスもんだね。日本国民は完璧にコケにされた。「私が「新明解国語辞典」の植字工なら「コケにされる」=「所信表明演説の数日後に首相がトンずらすること」と活字を差し替える。

30年も前の話だが、「スイッチポンでそこそこの米を炊きあげるのが文明で、〈うまく炊けますように〉と祈りながら炊きあげるのが文化」と言ったのは、たしか永六輔だっただろうか。この伝に従えば間違いなく日本の文化は衰退している。「民度は文化に比例する」と言ったのはだれか?私だ。隔離されたところでは文化は確かに存在する。歌舞伎も能も落語ももある。しかし、それは能楽堂や歌舞伎座や寄席や文化ホールに足を運ばなければ触れることが出来ない。日常の中で、われわれはどれほどの文化に触れることが出来るのか・最大メディアのテレビを観るが良い。朝から晩までがなり立てている。文化を育むような祈りがどこにあるのか。この数年〈小泉のようなもの〉や〈安倍のようなもの〉にじわじわと浸食されてきた日本。〈政治は民度の鏡〉と言ったのは誰か。私だ。〈コイズミモドキ〉「アベモドキ」が私の周りで増殖している。このまま放っておけば「モドキ」は増殖し続けるだろう。
と、ここまで書いて何を言いたいのか分からなくなってきた。とんでもなくまとまりのない文章になった。画竜点睛は私の常だが明日の朝は4時起きだ。そうしないと仕事が間に合わない。続きは明日か明後日か明明後日か。あるいはもっと後かな。

ウメが子犬を産んだ!!

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スイマセン、タイトルはうそです。
一番右側の顔のでかいのがウメ。 哲学的思索に耽っているような顔をしているが、実は今晩の夕飯のことを考えているだけです。
左側の子犬たちはウメとはなんの関わりもありません。拡大してみると、ハイ、子犬の写真はポスターです。ウメがツメで引っ掻いた所をポスターで補修しました。

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おまえとなら死んでも良い

●頻繁に記事の更新をするには忙しすぎる。春先には「廃業」の危機を感じるほど暇だった仕事が、7月頃より忙しくなってきた。そして今は抱え込んだ仕事をどうやってつつがなく引き渡そうかともがき苦しんでいる。一年間平均的に仕事があればいいのだが、雪国の宿命で、ある時期に仕事が集中してしまう。つらいところであるが、キリギリスのようにこの時期にコンサート三昧にフケルわけにはいかない。これからは記事の更新も不定期になると思うが「あしからず」である。

●私は食べ物の好き嫌いがほとんどない。空気さえあれば、多分世界中どこでも生きていけるだろう。およそ口に余るものがないのだ。
フグの活き作りやベニテングタケのソテーは勘弁していただくが、毒素を含んでいない食い物であればたいがいはいける。そんな私でも、苦手な食い物をどうしても、どうしても一つあげろと、刃物で脅されれば、ひとつだけあげることが出来る。それはモロヘイヤである。こいつを食べるとなんだかのどがヒリヒリする。栄養素をたくさん含んでいるという噂だが、のどを通過するときの不快感を考えると、栄養なんてどうでもよい。青臭いにおいも好きになれないし、中途半端なぬめりも気持ち悪い。しかし、世の中にはこんな植物でも好んで食べる人がいるのだから、人間の嗜好は不思議なものだ。


●不思議と言えば、私が子供の頃、スイばあちゃんが好んで食べていた「ところ芋」がある。[ところ芋」でググってみたが何にもヒットしなかった。「ところ芋」はこの地独特の呼び方か、ひょっとして、未確認植物かもしれない。葉っぱは山芋に似ている。山芋だと思って掘り起こしてみると、形も大きさもは「しょうが」にそっくりの「ところ芋」が出てくる。普通の人は忌々しげにこの芋をミズナラ目がけて投げつける。しかし、スイばあちゃんはにっこり笑って家に持ち帰る。塩茹でした後、こいつを包丁で皮を剥きながら、ムシャムシャと、まるで里芋の塩茹ででも食べるかのように、じつに旨そうに食べるのだ。私には未知の食べ物だったが「さあ食え」と勧められることはなかった。黒バイの売上金を着服したスイばあちゃんのことだから、「さては旨いものを独り占めするつもりだな」と判断した私はスイばあちゃんのスキをみて、ひとつ盗み食いしてみた。期待をしながらひと噛みすると、さすがの雑食人間ウメ少年も「げげげ、なんじゃこれは!!!!!まずい!」と言って吐き出した。世の中にこんな不味い食い物があるとは思わなかった。食感は芋であるが、とんでもなく苦い。苦いなんてものではない。口がひん曲がるほどの苦さであった。熊の胃をキハダの煮汁で煮込んだような味だ。こんなものを、さも旨そうにムシャムシャ食っているばあちゃんの味覚神経に、私は身の毛もよだつようなおぞましさを感じた。ばあちゃんは一体どんな味覚神経をしているのか、私の乏しい想像力の限界をはるかに超えていた。これが教訓になり、私は、パンダが笹を旨そうに食べているからと言って、決して笹にマヨネーズをつけて食べようとは思わなかった。


●苦いと言えばなんと言っても酒である。じいちゃんにつきあって観るていた「水戸黄門」。ドラマの中で、ご隠居さん、助さん、格さんが実に旨そうに日本酒を呑む。子供心にも、酒というのはさぞかし旨い飲み物であろうと容易に想像できた。「もしかしたら、牛乳と同じくらい旨い飲み物かもしれない。だから、子供には呑んでいけないというのだろう」と言う答えを導き出した。じいちゃんと「水戸黄門」を観ながら、「早く大人になりたいな」と、酒が呑める日のことを夢想していた。
「光陰矢のごとし、少年老いやすく学成りがたし」ということでume少年もあっという間に成人して、めでたく、堂々と酒を呑める歳になった。記念すべき日は小振りのお猪口で「グイッ」と酒をのどに流し込む予定だった。で、そうした。そして、結論「げげげ、なんじゃこれは!!!!、まずい!」「ところ芋」以来の苦み成分が私を襲った。こんなものを旨そうに呑んでいる人たちの味覚神経は一体どうなっているのだ?どうしてこんなに苦い液体をを好んで呑むのか不思議に思ったものだ。酒は(むろんビールも)具合の悪いことに酔っぱらうという副産物も伴う。これがなければ、私ももう少し宴席のおつきあいも出来るのだが、下戸が世間に知れ渡ってからというもの、飲み会の誘いがぐんと減ってしまったのは寂しい限りだ。気の合う仲間達との宴席は下戸の私でも楽しい。大食いであるから、けっして割り勘負けはしない。飲み会に誘われなくなったのは大食いのせいかもしれない。
ume家は代々(4代)、当主は酒を呑めない。由緒ある下戸の家系だったが、二人の息子は、DNAの配列が狂ったのか、呑ん平になった。ume家の伝統も息子の代で潰えてしまった。残念なことである。


●残念と言えば、秋の味覚であるキノコに「スギヒラタケ」というのがあるが、数年前に全国で中毒事件が頻発して、死亡事故も起きた。大好物のキノコが突然ベニテングタケの扱いを受けてしまった。スギヒラタケは秋なすと一緒に味噌汁に仕立てるとうまい。杉の倒木に生えるこのキノコは扇形の特徴的な形をしているから、紛らわしい毒キノコもなく、もっとも安全なキノコだと思っていたのに、ある日突然毒キノコになったのだ。今まで何十年も食い続けていたキノコだ、世間からどういう扱いを受けようとも、私は見捨てない。「おまえとなら死んでも良い」とばかりに未だ食い続けているが、家族は誰も食わなくなった。もうじきスギヒラタケの季節がやってくる。

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