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中越沖地震レポート

●今日、震災後初めて柏崎市に行ってきた。実を言うと、近くに住んでいながら、テレビで流れるニュース以上の情報の持ち合わせは、私にはなかった。今日の柏崎行きは震災がらみの仕事で、私が足を踏み入れた地区は特に被害の大きかった地区ではなかったようだが、それでも、倒壊した家々がここ彼処に見受けられ、屋根の上の青いシートが目立つ。休憩時間を利用して、少し近所を歩いてみた。一見、家屋に何の損傷も見られない家でも「要注意」の張り紙が貼ってあった。いぶかしげに、しばらく眺めていたら、近所の住民が教えてくれた。「液状化現象」のせいで地盤沈下したために、家がかなり傾いているのが「要注意」の理由で、足元を見れば、その時吹き出した堆積物がまだかなり残っていた。聞くところによれば、土砂が激しく噴水のように吹き上げたのだそうで、新しい家も古い家も差別なく被害を受けていた。これを元通りにするには大変な費用がかかる。しかも、元々地盤の悪い場所と言うことを考えると、仮に復旧しても、いつ何時また地震が襲ってくるか分からないのだから、住民としてはやりきれない思いに駆られるはずだ。

●ライフライン完全復活まではほど遠い状態の中、全国各地から駆けつけたガス会社、水道局、その協力会社が必死にガス水道管の復旧作業をしていた。いかにも頼もしげで、力強い作業風景であった。技術を要する作業だけに誰でもと言うわけにはいかない。これだけの数の救援部隊が柏崎に集結した姿を見ると、ニッポンまだ捨てたものではないぞと思った。

●夏休みに入ったので子供達が元気に走り回っていた。子供達は大人達のように深刻に事態を受け止めていないのだろうが、子供達の元気な姿が町に活気を与えていた。極楽トンボと言ってしまえばそれまでだが、「おまえ達がこれから良い町に作り替えていかなければならないのだ、今のうちの遊んでおけよ」と、saheiziさんじゃないけど、背中で語りかけてみた。

●町が落ち着いてきたら是非柏崎に来てもらいたい。なぜか柏崎は妙なものをコレクションにするコレクターが多い町で、「柏崎コレクションビレッジ」には、「とんち教室」でお馴染みの石黒敬七旦那の「トンチン館」を始めとする逸品珍品のコレクションが多数展示されている。なかなか見応えのあるスポットだ。

●試算によれば一兆超えの損害があった模様で、町の復興には莫大な費用と不屈の精神が必要だ。さてこれからどうするか、ニッポンが試されるときである。


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地震お見舞いありがとうございました

先回の記事で「しばらくお休みいたします」とお知らせしたのだが、昨日、当地方を襲った地震に対してブログ友達から「地震お見舞い」のコメントをいただいた。空き家のままではお見舞いの方々に失礼にもなるので、急遽雨戸を開けてお礼の言葉を。


いろいろご心配をおかけしましたが、我が家及び当地域は幸いにも、今回の地震の被害は軽微なもので済んだことをまずご報告いたします。ご心配いただきどうもありがとうございました。しかし、お隣の柏崎市では大きな被害が出て、死者も多数にのぼります。紙一重の運、不運を考えると胸中複雑なものもあります。突然襲ってくる天災は防ぎようもないのですが、これを機会に被害を最小限にくいとめるための手だてを日頃から考えておくことをお勧めいたします。


新潟県は上越(上越市、妙高市、糸魚川市など)、中越(長岡市、柏崎市など)、下越(新潟市など)の3地方に区分されるのですが、地図上では一番上の方(東)が下越で、一番下の方(西)が上越となります。ちょっとややこしいのですが、都(京都)に近い方から順番に上越、中越、下越と言うことになります。同じ理由で北陸線も直江津から米原に向かう(地図上では下る)のが上り。ちなみに、上越新幹線の上越は上州(群馬県)と越後を結ぶから上越で、我が上越市には乗り入れていません。
今回の地震でもっとも被害の大きいかった柏崎市から、私の住まいまではわずか30~40kmほどしか離れていないにもかかわらず、当地域は小さな崖崩れを除いては被害らしい被害も受けませんでした。震源地がもう少しずれていれば、逆の立場になったかもしれません。今回を含めて私は過去三回の大きな地震を経験しています。1964年の「新潟地震」、2004年の「中越地震」、そして、今回の「中越沖地震」。04年の地震も今回の地震も私はたまたま外にいたので揺れに対する強烈な印象がありません。しかも道路状況が悪く被災地まで行くことも出来ないので、ニュース以上の情報も持ち合わせていません。落ち着いたところで、改めて「地震レポート」を記したいと思います。

季節外れの冬眠です

しばらく休みますが、いずれ戻ってまいります。

融雪装置

「野菜の横綱」は柏崎辺りで渋滞に巻き込まれたらしい。到着が遅れている。しかし、先ほど携帯から連絡があった。「もうじき渋滞も解消されそうだ、たぶん」

今日のテーマは融雪装置。

「金になることなら、何でも引き受ける。食っていけないので」という理由から、当「ume小間物超零細工事店」の仕事の範囲は、太平洋と同じくらい広い。節操がなく、ポリシーもないから、当店は、人さらいと強盗、詐欺以外の仕事であれば、何でも引き受ける。残念ながら今のところ、エアコン工事、温水暖房工事、そして今日のテーマ「融雪工事」以外の仕事の依頼はない。冗談ではなく本当に、何でも引き受けるから、「人、強、詐」以外の「金になる」仕事があったら、ぜひ、当店にお回し願いたい。

上越市は14もの市町村が合併したものだから、面積はやたらと広く1000k㎡ある。人口は、いっちょまえに21万人。その結果、日本で”もっとも人口の多い過疎地”と、ややこしい状態になった。当地域は「豪雪地帯」である。「豪雪地帯」ではあるが、その豪雪ぶりは、同じ上越市でも、地域によって随分と差がある。冬でも「ゾーリっぱき」で歩ける所もあるし、鉄人28号に抱っこしてもらわなければ移動できない所もある。幸いに、私の住まいは海岸通りにあるから雪は少ない。新潟のハワイと言われている所以はこのためだ(ウソ)。海岸通りに比べると、山間地、谷沿いにある集落はわずか2,30km離れているだけでも「コノヤロー」と言うくらい多く雪が降る。 「海岸通りのumeさんちから、昼寝しながら、車に揺られて三十分、そこは雪国だった」とカワバタコーセイも言っているように、雪は、行政区画を無視しながら、その本能のおもむくまま身勝手に振る舞う。 しかし、地球温暖化のせいなのか、雪神様の気まぐれなのか、明らかにこの30年間の雪の降り方は「おかしい」。昔に比べると、降雪量が断然少ないのだ。特に、「この辺はそんなに降らない」と言われている地域ほど、降雪量が減ったのだ。上越市は、平成の大合併以前にも「高田市」と「直江津市」の合併(1971年)を経験している。昔、高田は、あまりの雪の多さに、「この下に高田あり」と言われていた時代もあった。社会科の教科書で紹介されていた「雁木」(今で言うところのアーケード)は雪国ならではの知恵だった。ところが、その高田も今は「この辺はあまり降らない」地域の仲間になった。一方、山間地や谷沿いの集落の降雪量は、昔と比較しても大きな変化がない。今も昔も「コノヤロー」なのだ。一つの市の中だけでも豪雪度の「地域格差」が増大した。 「過疎地上越市」と言ったくくり方をすると本当の姿が見えにくい。市の中心部は、次から次へと宅地造成され、人口が集中、周辺の多雪地域は人口が流出し、過疎化が進む(ume地区はどっちでもない)。

人口の面でも「地域格差」が増大していて、この二つの「地域格差」はお互いリンクしている。「雪さえ降らなければ良い所なんだが」は多雪地区の住人の常套句だ。私もこの言葉に同意する。多雪地区は「晴耕雨読」を実践するには実に具合の良いところだ。晴れの日には、渓流でイワナと戯れるも良し、ブナ林を散策しながら、一句、一首をひねり出すも良し、熊に追われながら竹の子を採るも良し、ほどよい広さの畑でピーマン、かぼちゃ、ナス、トマトを育てるも良し、雨の日には、昔つきあった女を思い出しながら(そういう歴史があればの話だが)クルミの実をほじくりつつブログを書くも良しだ。蕎麦屋も、能楽堂も、文芸地下もないけれど、そんなもの、ハナカラなければないでどうってこともない(ではすまされない人もいるが)。田舎暮らしの私でさえも「住んでみたい」誘惑にかられることがある。しかし、問題は「雪」なのだ。「コノヤロー」と言いたくなるほど降る雪なのだ。

温暖な地域に住んでいる人は「白い悪魔」の邪悪さを知らない。本当のことを言えば、隣接している地域に住んでいる私でさえ、その邪悪さは実感として分からない。多雪地区では、降り積もる雪を人力だけで処理するのは大変だ。若者が消え、老人だけが残った(残された、ではない)世帯では、連日の雪堀りは、肉体的にも精神的にも限界があるし、若者が残った世帯も、ずくのない(=根性のない、実行力のない)若者であれば、老人世帯と条件は同じだ。降り続く雪は、「雪下ろし」から「雪堀り」へと、作業工程を変化させていく。やがて、雪堀りも限界が来る。掘った雪のやり場がなくなるからだ。そうならないためには、通称ピーターと呼ばれる数十馬力、2~300万円の除雪機を常備す必要がある。なるべく、家から遠い所に雪を吹き飛ばすためにはピーターは必要不可欠なのだ。「白い悪魔」の攻撃に手加減はない。ピーターも限界が来る。さて、どうするか? 融雪装置の出番である。雪を「退かすの」ではなく、「融かす」のだ。「生殺し」にするのではなく、「息の根を止める」のだ。

どういう装置か?

簡単に言えば、床暖房装置を屋根に上げたものが、「屋根融雪」で、路面に設置したものが「ロードヒーティング」になる。当店のシステムは、ボイラーで不凍液を加熱して循環させるというシステム。規模によって施工費は違うが、250万円前後はかかる。大変な投資である。維持費もかかる。昨今の原油高で、一冬で、20~30万円ほど。おかげさまで、当店にとって、雪は「飯の種」になる。悪魔呼ばわりはできない立場である。これだけの投資を強いられてもなお、この地を去らない。この選択は、大合併で、投資の効率化を図りたい行政にとってみれば、はた迷惑なものかもしれない。しかし、そんなことには、お構いなしで、じいちゃん、ばあちゃんは、「雪さえ降らなければ良い所」へばりついている。決して裕福なのではない。雪をロマンチックだと思っているのでもない。この地に残るためには仕方ない投資なのだ。質素な生活で、費用をまかなっている。

子供達に「教育」という見返りのない投資をし、その子供達も東京で、せっせと働いて、低い労働分配率を嘆きつつも、国庫にも、株主にも、会社にも割高の分け前を掠め取られている。水も、電力も、米も野菜も魚も、みんな地方発だ。「ふるさと納税」は「とんでもない」と言っている、どこぞの知事さん、東京の繁栄は、これらのじいちゃん、ばあちゃんの投資の結果でもあるのだ。これでも、損な取引でしょうかね?

意図しない所へ落ちてしまった。


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