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ちぐはぐな日常

●行いが悪いせいか、たまたまの巡り合わせか、雨の日には屋外作業、晴れの日には屋内作業という日が続いている。どちらの作業をするか、工程上の関係で、自由な選択ができない。今日は雨、作業は屋外。この季節は、合羽を着ても着なくても体が濡れるのは同じだ。汗で濡れるか、雨で濡れるかの違いだけ。で、今日は雨で濡れるを選択。ドロドロ状態で帰宅。ウメ散歩をねだるも「今日は勘弁してよ」とお断り。拗ねたのか、「お座り」「待て」「来い」すべて拒否。えさの時間の「ちょうだい」だけは完璧動作。計算高いヤツめ。


●今まで画像をアップしていなかったのは、なんと言うことはない、デジカメ画像の容量が大きすぎて、圧縮することができなかった、と言う私自身の能力に関わるところの理由からだった。ところが、先日、配偶者の所用におつきあいして、十日町市へ行った帰り道、松之山温泉の近くにあるブナの原生林「美人林」に立ち寄った際、デジカメの操作ボタンをくるくる回しながら歩いていた時に、「わおーなんだこんなモードがあったのか」と、つい声を出してしまったのは、カメラのモニターに[web用撮影モード]を発見したからだ。ブログに画像をアップするならば「普通サイズで撮ったものを圧縮するよりも、最初からweb用モードで撮れば良い」と言うことは、私を除けば世の中では、「あたりマエダの クラッカー」だったのかもしれないが、オリンパスFE-220のマニュアルにはこんなこと一つも書いてない。
この間は修理に時間がかかりすぎるとけちをつけたが、今日はこの「トンデモ不親切マニュアル」にカツを入れておく。近頃、このように中途半端で不親切なマニュアルが多いような気がする。もう少し初心者にも分かるような書き方をしてほしいのだが。「おまえの能力には合わせられない」というなら、まあ仕方ない・・・・あきらめましよう。

なんにせよ、しかしこれで「おれも、バッチリ、カメラマン」になれると思い、シャッターボタンをバシャッと押した。しかし、今度は撮影がうまくいかない。どんなに調整しても、露出過多の映像しか映らない。故障なのか、設定上の問題なのかわからない。まだしばらくはカメラとの戦いがつづくようだ。


●今まで書いた自分の記事を読み返して、特定の言い回しが多いのに気がついた。少し列記してみる。

・実は(実を言うと)

・~という

・仕方ない

・正直に言えば

・よく分からない

・ちなみに

一つの記事の中で同じ言い回しはしないように気をつけているが、記事をまたがると、ついこのルールも破られてしまう。語彙の不足も原因の一つだが、思考回路がワンパターンだから、似たような言い回しが多いのかとも思う。脳みそが柔軟性を失っているようである。さらに(これもよく使う!)気のつくことを列記してみる。

・句読点と付け方に統一性がない。

・同じ言葉でありながら、漢字表現と仮名表現の選択がいい加減。

・長いぶんしょうになると、SVOCがめちゃくちゃ。

・大して重要でもないことに字数を無駄遣いしながら、重要なはずの文章がエラクあっさり通り過ぎる。

・誤字、脱字が多い

鍛錬して、少しずつスキルアップを図りましょう。

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ホシノさんが退院した

1週間に1回の更新が自分に課せた最低のノルマだった。先週はその禁を破ってしまった。かといって、さぼっていたわけではない。「野菜の横綱は何だ」を下書きに一生懸命書いていた。ほぼ脱稿(脱肛ではない)というところまできていた。またPCの電源が突然落ちるといけないと思い、とりあえずファイルを保存しておこうと、保存ボタンを押す。そうしたら出てきましたヘンなコメントが。「ナントかカントかが過ぎたので、あーでもない、こーでもない、そーでもない」と。その瞬間、あっという間に、書いた記事がみーんな消滅していた。何処を捜索しても記事が見つからない。さては熊に襲われたか?ホシノ事件の再来か? そんな訳はない。どうも設定がゆるいようだ。後で、調べてみることにする。

先週は、ホシノさんが熊に襲われると言うネタを得た幸運(ホシノさんが熊に襲われるという、幸運ではない)と、saheiziさんの優しい配慮で、当ume小間物店にしては、飛躍的な来店数があった。記念すべき1000HITも記録した。さらに、梟ブログでは、「野菜の横綱」の予告編まで流れて、すでに、横綱の品定めさえ始まっている。なんとしても「横綱」を早くアップしなければならない。なのであるが、このようにだらだらと書く記事と違って、テーマを決めた記事を書くのは、けっこうエネルギーが必要だ。仕事も忙しくなってきた。「横綱」の記事はもう少しお待ちをいただくことにして、代わりにといっては何だが、サイドバーに野菜ランキングを貼り付けた。お立ち寄りの際にはぜひ投票とコメントをいただきたい。

この間の日曜日にホシノさんが土肥の菓子折を下げて我が家に退院の挨拶に来た。すっかり元気になったようである。おでこに張ってあった絆創膏も取れていた。10日前に熊に襲われた人のようには見えない。しかし、絆創膏の取れたおでこには、三筋の何かに引っかかれたような生々しくも、不思議な傷があった。「体調を整えて、今度はGPS付きの(携帯はつながらない場所だった)携帯を持って、熊の姿と糞を見たらすぐ避難することにして、もう一度蓮華に行って、ひとかたけ(=一食分)で良いから、我が家にも収穫のお裾分けを頼みますよ。ホシノさん」
励ましとお裾分けの予約をしたら、「ウン、そうだね」と頼もしくも根性のある返事が返ってきた。
「これから糸魚川署で事情聴取があるので」と言って、そそくさと我が家を後にしたホシノさんであった。糸魚川署では、たぶん厳重注意を受けるはずだ。権力に負けるな。がんばれ、ホシノさん。

急いでいたようなので、このブログのことはまだ話していない。

熊に襲われる

もちろん私ではない。仕事仲間の話である。野菜の横綱は何であるかをテーマに投稿の下書きをしていたのであるが、野菜にはカリスマ的存がいないために、選考が難航して記事がなかなかアップできないでいた。そんなところへ知人より「ホシノさんが熊に襲われた」との連絡があり、早速本日見舞いに行った。「野菜の横綱」よりは「熊に襲われる」のほうがニュースバリューがある。よって、テーマは変更された。

たばこがすいたいということで病室より車へ移動したくらいだから、けがの方は大分快復しており、深刻な状況ではなかった。何となくガッカリだとホシノさんに伝えた。臨場感にあふれた話が聞けるかと思っていたが、うそみたいに間抜けな話であった。


ume「本当に、熊に襲われたの?」

ホシノ「たぶん。目が覚めたら、顔にべったり血がついていたから、多分そうであろうと思う」

ume「襲われたときの様子を俺は聞きたい。そういう答では困る」

ホシノ「困ると言われても困る」

話が盛り上がらないので、ちょっと説明を加える。先々週の土曜日のこと、ホシノさんは友人と二人で蓮華温泉(糸魚川市、白馬岳の近く)へタケノコ採り(根曲り竹の子供、当地ではタケノコというと孟宗ではなくコッチのほうをさす。当地にはタケノコに一生を捧げると言うような人〈タケノコ族根曲り派過激分子=TNk〉がゴマンといて、かなりの勢力を保っている。大量に採取したものは瓶詰めにして保存食とする。TNkはタケノコのとれる所ならどこへでも分け入っていく。大量に作った瓶詰めは友人、知人、親戚にお裾分け。私はもちろんもらう方。採るだけで食わないと言う人もいる。)に出かけた。現地に到着したのが午前4時、8時に戻ってくることにして、二手に分かれて採取開始。山菜採りをした人なら分かるだろうが、あっちコッチと夢中になって探していると、とんでもないところまで移動して、現在地がどこであるかさっぱり分からなくなることがある。毎年春になると行方不明者が出るのはこういう理由からだ。で、ホシノさんも例にもれずで道に迷った。まだ朝の8時である。 約束の時間は過ぎたもののそのうち道も見つかるであろうとをくくって、「迷いついで」に「量も少なかった」のでにタケノコ採りを続行。TNKの本領発揮である。しかし、一向に道が見つからない。さすがのホシノさんも真剣になって道を探索したが見つからない。その頃、すでに捜索隊も出動していたが、暗くなってきたため、捜索中断。ホシノさんも探索中断、ビバークを決意。疲れ切ったホシノさんはうとうと眠りにつく。事件は深夜に起きるのであるが、襲われたときの様子を本人はよく覚えていない。[そういえばなんだか寝ているときに、二つの黒い影がそばへやって来て・・・うーん分からん。朝起きてみたら顔に血が・・・。]朝になって気持ちが落ち着いた(熊に襲われた後だが)ホシノさんは自力で本道を探し当てる。無事生還である。体の点検をしたら、顔、腕、足と熊にひっかかれた跡が無数にあった。

ume「道路が見つかったときはホッとしたであろう?」

ホシノ「まあね」と少し照れる。

ume「腹も減ったであろう、のども渇いたであろう」

ホシノ「捜索隊に会ったときはたばこが吸いたくて、水より何よりたばこをもらった。それにしても、くやしいのは・・・熊に・・・タケノコを盗られたことだ。俺は一体蓮華に何をしに行ったんだ。」

タケノコ採りをしているときにホシノさんは二頭の子熊を見た(その時なぜ逃げぬ?)と言うからたぶんそいつらが襲ったのであろう。しかもここかしこに熊の糞が散乱していた(なぜ逃げぬ?)のも見ている。TNKはこれしきのことではへこたれない。

おまけ

今日は親戚のおばあさんの葬式だった。
あと一年で100歳になると言う話は聞いていたが、100歳にならずして亡くなった。
長生きの区切りとして100歳というのは一つの目標にもなるが、このおばあさんの場合、あと一年生きていれば100歳だった。
それでも、99歳だから白寿と言うことになり、大変な長生きだ。
しかし、会場に張り出されていた案内書は年齢欄が99歳を訂正して100歳になっていた。
怪訝に思っていたが、お経の後の坊さんのことばで納得した。
ひとしきりそれらしい講話を述べた後
「聞くところによると故人は99歳だったそうですが、99も100もたいした変わりがないので、故人への長生きのご褒美として、キリの良いところで100歳まで生きられたと言うことにしました」と、説明があった。
坊さんの判断で年齢を一歳おまけしてくれたというわけだ。
亡くなった本人にしてみればたいしたご褒美でもないだろうが、せっかくのご褒美だから、「ばあちゃん、遠慮しないで受け取ってください」

お裾分けの連鎖

週末で、一週間ぶりの更新と言うことから、張り切って書いた記事。力作だったのに、パソコンなのかサーバーなのかひょっとして、俺のせいなのか、また、どこかへ飛んでいってしまった。サヨーナラー。
同じ記事を書く気力がもうない。せっかくなので何か書く・・・・なにを?

本日の夕食の献立は甘エビとタマネギ、ゴボウのかき揚げ、甘エビの刺身、甘エビの頭の味噌汁、インゲン豆のサラダ、銀だらの煮付けでした。甘エビがなぜ三品もあるかというと例によってお裾分け。あのタケノコがお裾分けの連鎖を構築しました。

ボールにいっぱいもらった甘エビ、面倒だけれど頭を外してさらに殻を外して身の部分だけにする。頭は味噌汁に、本命のむき身は刺身、小振りのどんぶりの中へ入れたむき身にタラーっと醤油をさして軽くかき混ぜる。どんぶりに盛ったご飯の上にこいつをどさっとのっける。口をどんぶりのへりにつけたままかき込む。欠食児童(おまえの食い方は欠食児童みたいだと父親によくいわれた)のむさんこ食い。(むさんこ=当地の言葉で、ムキになって・なりふり構わず・必死になってという意味)

残りのむき身はかき揚げに。

田舎のお裾分けは量が多い。だから食い方にも工夫が必要。もらったものは全部食いきる。これもマナーです。だからどうしても食い方がおおざっぱで豪快になる。これでは食文化も発達しないはずだ。

エビは漁師からもらったものだが、隣の建具屋の親父からまだタコが届かない。いそだこは身が小振りだが、密度が濃い、というのか身が締まっている、だから、普通(?)のタコよりも、食感、味ともなかなかインパクトがある。普段は生きたやつをもらうので、塩でもんだ後熱湯の中へ、足の先だけつっこむ、奴サン、熱いものだから足先をくるっと外側に巻き込む、さらに、足先を湯の中に、たこはさらに足を巻き込む。これを繰り返すと皆さんお馴染みのぺったんこすわりのタコ姿になる。
で、このままの形で皿に載せる。ナイフとフォークを用意、ナイフはギザギザのついたやつが良い。熱いうちに足先から食う。外側から攻めて最後は本丸の頭へ攻め入る。別に作法があるわけではないのだが、これが、私の食い方。しかし、今年は不漁なのか隣からタコがやってこない。早く持ってこい!
海へ行って自分で獲ってこいの声あり。海まで歩いて15秒というところに住んでいながら、どうもタコ捕りは苦手でありまして・・・

第2種電気工事士筆記試験終了

今、saheiziさんにコメントを返した後、ネットで解答速報検索したら、出てました。結果は自己採点では◎でした。これはまだ正式のものではないので、確定ではない。しかも、まだ実技の試験が残っている。正式の結果が出たら、風だよりで報告する。今はまだ、道半ば。それにしても、しんどかった。正直をくくっていた。ほとんどの人は「受験対策講座」のような学校へ通っていたが、何とかなるだろうということで、独学を開始、しかし、遅々として勉強進まずだった・・・・でも、結果良ければすべてよしであります。

第2種電気工事士(とりあえずリンゴの木を植える)

明日、日曜日、第2種電気工事士の受験をする。この歳になって、受験をするとは思わなかった。以前にも書いたとおり、わが××住設サービスの事業環境は、日ごと、悪化の一途をたどっている。状況をじっと眺めていても変化はないし、美しい景色は向こうからやってこない。ならば、こちらから動くよりしょうがないが、どういう道をたどって、どう動けばいいのか、分からない。技術、知識とも、この地ではトップクラスだとの自負はある。けれど、しょせんそれも、井の中の蛙で、少しづつでもスキルアップを図らねば、優位性は保てない。今までは必要のない資格だと思っていた。電気工事は異業種ではあるが、関連業種でもある。この技術を身につけることによって、少しでも今の技術に肉付けができればいい考えた。この資格を取ったからと言って、即、営業的にプラスに転ずるとも思えないが「明日世界がどうなるか、分からない、でも、私は今日リンゴの木を植える」そして、「どうしても直らなかった、トンカチでたたけ」ということである。脳細胞はかなり劣化している。思ったほどのに学習効果は上がらない。今日現在の合格確率は48パーセント(?)、合格に結びつけるためには、もう少しの努力と、仏様の護慈悲!!
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