スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ああ !!テレビ!!

このブログでも取り上げたことのある松岡農水相が自死した。好意的な内容の記事ではなかっただけに後味がよくない。彼は自死によって、何を守ろうとしたのか、あるいは何から逃れようとしたのか。自身の口を通して真相が語られることはもうない。
亡くなった人に鞭をを打ち下ろす気持ちはないし、彼が関連していたとされる事件、疑惑の真相がどうであるかと言うことにはあまり興味はない。そこに、想像力をかき立てるような意外な事実があるとも思えない。面白くとも何ともない簡単に読み取ることのできる事実があるだけだ、たぶん。

しかし、メディア(特にテレビ)はこの事件を受けて、自殺の原因が何であったかとか、疑惑の真相はどうであろうとか、この死が政局にどのよう影響を与えるであろうとか、連日いろいろな解釈を打ち出してくるはずだ。

連綿と続くこの種の事件、疑惑はメディアにとってみれば貴重なネタである。ネタは刺激的であれば刺激的なほど良い。場合によっては、その刺激度を上げるための、過剰取材、過剰演出もする。この種のやり口が常態化すると、情報の受け手である我々自身のメディアの在り方に対するチェック機能も麻痺してくる。そこにつけ込んだメディアは、そのやり口に多少の変化を加えながら、日々延々と「モドキ」や「ずれた情報」を送り続けてくる。報道番組のことだけを言っているのではない。ありとあらゆる番組にこの種の手法が取り入れられてくると、視聴者は「真」と「贋」の区別をきちっと見極める感性、能力も麻痺してくるのか。
 自浄能力を発揮したかのように「納豆事件」は大きく報道されたけれど、煮たか焼いたか訳のわからない番組が野放しなのはなぜだ。

例をあげる。細木数子、江原某の口から出任せインチキ御宣托番組、オウム真理教の教えとそのインチキ性においてどこに違いがあるのか、亀田なるボクサー未満のお兄ちゃんをもてはやすTBS、どこぞのジャリタレが虫歯を抜いたというニュースは流しても、ジャニーズ事務所、吉本興業関連の報道には口を噤む。どこが面白いのかどんなに考えても分からない、笑えないお笑い番組、きりがないほどゾロゾロ出てくる。

まるで、2チャンネルの様相を呈してきた。表現の自由は最大限守らなければならないから、その筋からの圧力を望むのではない。この種の番組を駆逐するためには、テレビのSWを切ることしか方法がないのか。この種の番組元々見てないのだから、これも効果なしか。

それにしても、どこが面白いのか、視聴率けっこう稼いでいるようだし、どうすればいい?

もう少しまともな番組が見たい。と、思いつつも、まとも番組ばかりになったら、テレビに釘付けにもなる。残りの人生そんなに長いわけでもないし、やることいっぱいあるし、こんなところでちょうど良いのかな。これもテレビ局のご親切。

続きを読む »

スポンサーサイト

どうしても直らなかったら、トンカチでたたけ!

●平日は記事を書くのも大変で、もちネタはたくさんあるのだが、なかなか、すらすら文章を書けない。さらに、パソコンの操作が慣れていないために、書いた記事が一瞬にしてパー、なんてことがたびたびある。昨日も「これぞ名文、それに引き換え・・・」というタイトルで、一本書き上げたのだが、保存ボタンを押したら、この記事、どこかへ散歩に行ってしまった、何処へ行ったかわからない。
画像も載せたいのだが、どうも操作が・・・。ウメの画像だけどうしてUPできたのか、これもよくわからない。画像はもう少しお待ちください。

●今日の訪問者たったのひとり。それも、多分オレ。公開を前提にした日記だから、読む人がいないのは寂しい。平日は時間の制約があって、長い文章は書きにくい。試しに今回はこんな体裁で。

●この間、家電の修理のことで罵詈雑言書いたら,NECから密者が来たわけでもあるまいが,PCの「電源突然落ち病」が翌日に直っていた。あの記事はあとから読んでみたら、脈絡のない記事で、削除したくなったのだが、そのままにしておいたら病気が治った。修理の原則は「どうしても直らなかったら、最後はトンカチでたたけ」であります。なにもしないよりはトンカチをということで、今回の場合は、罵詈雑言がトンカチの役割を果たしたということである。

●昨日のニュースに1本5万円の「ナント還元水」を飲んでいるという松岡ナントカが出ていたが、「えっ!こいつまだいたのか」とおどろいた。政府自民党は教育基本法を改定するということで、あの義家ナントカという諮問委員に「道徳教育」の復活を力説させているが、くどくどと道徳教育の重要性を説くより、「実録松岡物語」を教材に使えばいい。反面教師として。
それにしても、松岡をかばうアベの心理がわからない。早くクビにしないと支持率ににも関わってくる。余計なことだが。

●きょうの夕飯はとりたてて言うほどのものもない質素な献立であったが、となりの旦那からもらった、ナマコが、三杯酢(味噌入り)の中に身を浸していた。これをそのままご飯にたっぷりとかけて食う、上品な食い方ではないが面倒くさくなくて、この食い方が一番いい。ナマコは、朝、磯蛸採りをした時の副産物だそうで、本命の蛸はくれなかった。両方くれと頼んだが、今日は蛸が一杯しか取れなかったので、ナマコだけのおすそわけ。したびらめ(ムニエルにするやつですな、こっちではねずれと呼ぶ)も三匹取れたがこれもくれなかった。タモですくったとのこと。おすそ分けはおねだりしてはいけない。食いたかったら、自分で取ればいい。

めい犬ウメ

本文の書く欄を間違えました。続きこそ本文であります。続きを読むをクリックしてください。

続きを読む »

NEC オリンパスに物申す!

パソコンの具合が悪い。突然電源が落ちるのだ。致命的な不具合だ。この1週間不安定な状態が続いた。ブログの更新が遅れたのも、こいつのせいである。いつ何時悪魔が襲ってくるかわからない。電源が落ちればウンウン唸って書いた記事も一瞬にしてパーになる。こうしてキーを打っている間も、その恐怖におののいている。故障の原因がわからず、いろいろ試してみたが、私の能力では対応できない。そこで、NECのサポートセンターへ、ということになったが予約制で、もうすでに4日ほど後まで予約がいっぱいだ。修理に出せばいいのだろうが、いったい修理完了まで何日かかることやら、見当もつかない。つい先日も、オリンパスのデジカメを修理に出したら直ってくるまで2週間かかった。ブログの更新はともかくとして、私のような零細自営業であっても、今や、パソコンは携帯電話と並んで、必要不可欠のものとなった。私の仕事に関して、詳しいことはいづれ記事にするつもりであるが、簡単に言えば空調工事業ということになる。私の仕事も修理業務がともなう。しかし、PCやカメラのように、「2週間お待ちを」などとのんびりした対応はできない。冷房なぞまだ不要なはずの5月でも、取引先からの「○○さんのところへすぐ行って」と携帯に連絡が入り、現場が追われていて手を離せない旨説明しても、「いやならいい!ほかへ頼むから!」と恫喝される。
しぶしぶ修理現場へ急行してみれば、「ごめんなさい。電源入れ忘れていた」と一言。そうならそうと電話ぐらいくれよ。出張料請求すれば、「修理してもらったわけじゃないから払えない」といいやがる。けったくそ悪いから、粘って出張料もらって帰ると、予想したとおり取引先から電話。「お客が怒ってかんかんだ。すぐ金を返してこい!」と一方的にまくし立てる。事情説明しても聞く耳持たずで、こちらが悪者扱い。近頃、何を勘違いしているのか、このようなプチ権力者が私の周りにはうようよいる。「こちとらボランティアじゃないのだ。商売だ。金を返してほしければ、テメーが取りに来い!」と声を出さずに心の中だけで叫ぶ。意気地のない対応で応酬するだけで、実りなき不毛の数時間はやりきれない気分だけを残して去っていく。

われわれのように現場関係が主体の業者にとって、雪国(新潟県)のハンディは非常に大きく、12月の半ばから3月半ばまで積雪があれば、仕事ができない。開店休業が4ヶ月間続く。いきおい残された、8ヶ月間は超多忙な繁忙期が続く。4ヶ月間の減収を取り戻さなければならないのだ。人員の確保も、繁忙期に合わせれば、冬季間無駄な給料を払わなければならず、冬季間に合わせれば、繁忙期には人手が足りなくなる。創業当時考えていた「いっぱい儲けていっぱい払う」は実現しそうにない。

ここで、話はNECとオリンパスへ戻る。われわれのような零細業者が、四苦八苦しながら、経営を維持し、迅速な対応で、客の要望に応えているにもかかわらず、大企業、大資本のユーザーに対する対応は、サポート要員を増員すればスピーディーに進めることができるはずなのになおざりにしたまま。わづか数人の零細業者が、雪国と言うハンディを背負いながら、業務が円滑に進むように人員の確保をしているのだから、大企業がサポート、修理体制を、人員の確保で、円滑かつスピーディーに進めることは容易なはずだ。ケチケチしないで、人件費を増やせばいいのだ。どこの国の話だか知らないが、都では大企業は軒並み好決算だということだ。儲けさせてやったのだから(俺がというわけではないけれど)、生きた金の使い方をしろ。生きた金の使い方がわからなければ、私がいくらでも教えてやる。

今日は不思議とパソコンの調子がいい。久しぶりの更新もあと少し。田植えが終わったら、ウスラ寒い日が続いている。夏は猛暑になってエアコンがよく売れないかなと念じている今日この頃であります。

明日世界はどうなっているか、わからない。でも私は今日林檎の木を植える。

タイトルの言葉は拙ブログにいただいた佐平次さんのコメントから引用しました。

杉は国内のいたるところに植林されています。(北海道を除く)樹木で、日本の貴重な森林資源です。花粉のいたずらから、多分、最も嫌われている木のNO1にランクされる木でもあります。「真っ直ぐ」という言葉が杉の語源だということからも分かるように、杉の木は天に向かって真っ直ぐ伸びています。建築材料に使うのだから真っ直ぐでなければならないのです。盆栽でも杉は、松や真拍のように針金を使ってくにゃくにゃと幹を曲げる、というようなこしゃくな仕立て方はしません。あくまでも真っ直ぐ、直幹仕立てが基本です。実は、この「真っ直ぐ」は人の手がかかっている、というのが今日の話です。

私が小学校高学年の頃だから、今から45年位前の話です。杉は植林されてからしばらくの期間、冬期間の雪の重みで倒伏するために、春になると「杉起こし」という作業をします。毎年春になるとこの杉起こし作業に私は祖父(菜っ葉さえあればいいと言っていたあの祖父)に日曜日のたびにかりだされました。
しかし、これが、いやでいやでしょうがなかったのです。遊びたい盛りの年頃で、じいちゃんと2人で山に篭るというのはあまり魅力的な話ではありません。「一人仕事では大変だから、umeも手伝ってほしい」といわれると、不承不承いかにもいやいやと言った風情で「うん、わかったよー」と答えます。今なら車で簡単にに行くことができますが、当時、70過ぎの老人と小学生にはきつい急登の山道を腰に弁当をぶら下げて二人で歩きます。
その時もうすでに腰の曲がっていたじいちゃんは、歩くことが苦手で歩みが遅く、アベベ気取りでぐんぐん歩く私との距離は離れる一方です。あっという間にぶっち切りの独走態勢になります。現地へ早く着いて「寝転がってじいちゃんの到着を待つ」と言うのが私の作戦です。ところが、無茶なハイペースで歩いた私もいつの間にかスタミナ切れを起こし、ペースダウンします。そのうちあれほど開いていたじいちゃんとの距離はあっという間に詰まり、ついには追い抜かれます。じいちゃんの背中を見ながら私は「なんだこのじいちゃん、腰が曲がってヨタヨタしているのにどうしてオレより速いんだ!」と思いつつ、あとは、もうじいちゃんについていくのがやっとと言う状態です。現地へ着くと休む間もなくすぐに作業の開始です。あっちを引っ張れだのこっちを引っ張れだのの声に従って、もっぱら引っ張り役が私の役割で、じいちゃんは縄を器用に男結びに結わえます。「早く終わらねーかな」といつまでも往生際の悪い私は、だらだら、いやいやという態度で作業を手伝います。じいちゃんも私のその態度は十分に分かっていたはずですが、そのことはなにも指摘せず、休憩のたびに「悪いなume、せっかくの日曜日なのに」と言います。それでも、「そう思ったらこんな仕事俺に頼むなよ」と心の中で毒づくume少年にはかわいげがありません。
3,4日続いた作業も今日で終了という日に、じいちゃんはは私に「なあume、この木がでっかくなったら、お前が家を建てる時に使ってくれ。梁に使えるぞ。もうそん時には俺は死んでいるけどな」と、作業終了の満足感にひたった顔で言います。この杉の木はじいちゃんには何の役にも立ちません。家を建てると言っても、当時の私に実感が湧くはずもなく、「うん」とは答えたものの、気のない返事でした。じいちゃんにとってみれば孫かわいさの作業であったにもかかわらず、当の孫(つまり私)に不愉快な態度をされていたのですから、浮かばれません。今となれば「じいちゃん、悪かったなー」とも言えますが今さらだ、もう遅い。

その杉の木は今、立派に生長しました。家を建てるには十分なほどに大きくなりました。ところが、先年私が家を建てるときこの杉の木は使いませんでした。木を切り出して製材する費用のほうが、外材を購入するより高くつくと言う理由からでした。ますますじいちゃんは浮かばれません。少しくらい高上がりであってもあの杉の木を切り出すべきだったと、今は後悔しています。大きくなったあの杉の木は杉起こしや間伐の必要もなくなり、日々わずかづつひっそりと成長ています。いずれ、屋久島の杉のような大木になるのでしょうか。朽ちるまで材木としての役割はまっとうせず、光合成でCO2を吸収しながらわれわれに酸素を供給し続けるだけなのでしょうか?
じいちゃんになんといえばいいのでしょうか。「じいちゃん、あの杉の木、それなりに役に立っているよ」とでも言っておきましょうか。


遠大な計画

ひょんなことから盆栽を始めた。今から4年前の話である。盆栽を始めたきっかけは覚えているが、どういう過程を経て今のように熱心になったのかよく覚えていない。いつのまにか熱心な「盆栽愛好家」になった。ただ、私の場合は、高価な盆栽は一つも持っていない。愛好家が見れば笑ってしまうような盆栽、正確に言えば盆栽とは言えないようなそんな代物ばかりである。単なる「木」である。傍から見れば、そんな木に対してなぜ熱心に手入れをしたり、水遣りをしたりするのか不思議に感じているようだ。家族がそうだし、なによりも私自身がそう思っている。
ちょっと話を飛ばす。
ケヤキの話である。建築材料としてのケヤキは非常に優れた特性を持っていて、高価なものである。昔の家屋にはよく使われていたようで、田舎では、旧家などでよく見かける。現しの太い梁は豪邸の一種のステータスになっていた。豪邸を訪れた際には、「すばらしい梁ですね、ケヤキですか」といっておけばまず、間違いない。そんなケヤキだから、素性のいいものは高額な金で取引される。しかし、杉などに比べれば、育てるの時間がかかって、100年単位になる。「あのケヤキ500万で売れたそうな」と云う類の話をよく聞くが、目利きでないとスカを掴むことになり、大損することもあるらしい。逆の場合もある。その時は大もうけということになる。「山師」という言葉はここから来たようだ。ケヤキも今は薄く削いで、合板などに貼り合わせて、天井材などに使われている。

さて、ここからが本題である。樹齢300年のケヤキが1本で500万円とする。あくまで仮説の話だから、仔細なことは突っ込まないでほしい。米や野菜を作っていれば、年収500万もあれば、田舎なら、結構優雅に暮らせる。つまりケヤキを1本売れば1年暮らせるのである。仮に、私が生まれた時に我が家に300年物のケヤキが1本あったとする。さらに、299年物が1本、298年物が1本、297年物が1本・・・当然、3年物も、2年物も、生まれた年に植えた物も1本。年代別に1本づつ、計300本のケヤキを所持し、以後、毎年1本づつケヤキの苗を植え、そして、1本づつ売る。末代まで、暮らしに困ることがないということになる。しかし、残念ながら、私の先祖はこのようなアイデアを持ち合わせていなかったようだ。私は今、300年後の子孫の生活を考えて、これから毎年ケヤキを1本づつ植えようかと思って・・・いない。労働の喜びを味わってもらうために。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

最後の食事

私の祖父も、祖母も86歳、父は73歳で亡くなった。祖父も祖母も非常に粗食で、食い物に関してはわがままを言わなかった。特に、祖父は何を食べても「うまい、うまい」を連発するような人だった。「菜っ葉さえあればなにもいらない」が口癖だった。一方、父は食い物に対して、非常にうるさい人だった。ところがぎっちょん、皮肉にも「菜っ葉」が「うるさい」よりはるかに長命だった。

で、私のことです。私も祖父に倣って、「食卓に上がったものには一切の論評を加えない」を基本姿勢としている。できれば、元気で長生きしたい。父の生前には、私の予想余命は「86-年齢+α」の公式を使っていたが、今は、信頼性の高い公式が見つからず、煩悶しているところだ。あまりつかいたくはないのだが、我が家の寿命の推移をみると,どうやら,「73-年齢ーα」が最適な公式となるのだろうか?

そろそろ遺言を作ってもよい年齢になったがまだ認めていない。気になるのは「盆栽」のことだけだから、多分シンプルな遺言になるであろう。遺言はともかくとして、最後の食事だけはすでに家人にリクエストしてある。これもシンプルで、①シジミの味噌汁②若干塩控えめのナスの塩漬け③熱々のご飯。この三点セットを生涯の最後の食事としたい。

①はめんどうでも宍道湖産の身がぷりぷりしたもの②はしょうゆをタラッとたらしたいので薄塩で。しょうゆのうまさが引き立つのだねナ
スの塩漬けは。③はまだよく蒸れていないくらいの炊きたてもの。もちろん、保有米のコシ。

さて、みなさんはどうですか?

テーマ : 徒然日記 - ジャンル : 日記

想像力の乏しい人たち

白々しいとはこのことだ。一部の高校球児が特待生扱いを受けて、学費免除されていたことが全国各地の高校で発覚し、高野連が中途半端な処分を発表した。高野連は、今、初めてその事実を知ったかのごとく今回の処分を行ったのである。わずかな想像力があれば、甲子園の常連校が一部の優秀な選手に金銭的に有利な計らいをしていたことはだれにでもわかることであるり、周知の事実である。何をいまさらなのだ。
もっとひどいのは、マスコミ。大相撲の八百長に比べればこのような事実関係を調べるのは、たいした取材技術がなくとも簡単にできること。今、初めてその事実を知ったかのような報道。高野連のおじさんたちも、マスコミの記者たちも、一般市民に比べて、極度に想像力が欠如しているようだ。それとも、知っていたのに知らんぷり?

気になっていた出来事だったので取り上げた。、山菜の話題はおやすみ

PCの電源が

夕食前にかなり長めの記事を書いていた。ところが夕食後部屋へ戻ると、なんとPCの電源ランプが消えていた。「杉」の話だった。生来の不器用さゆえ、キータッチがやたら遅い。もちろんタッチタイピングはできない。今の私には夕食前のあの話を書く気力はない。今日は形だけの更新。これから、風呂に入って「近代盆栽」6月号でも読むとする。


夕食に刺身が出た。購入品である。で、今日のエンゲルちょっと高め

筍の処分、そして岡ワサビ

好きな山菜も三日間続くと(しかも三食)、少々味覚神経が拒否反応を示し始める。多少目先を変えてもだめである。この三日間で食した山菜は、うど、ふき、筍(孟宗)、たらの芽、げんぶき、ノビル、わらび。比較的飽きないのはわらびとふきで、箸休めとしての役割をじっと守っているからだろう。問題は筍である。どんなにたくましさと美味しさを兼ね備えた筍であっても、筍料理が3品、4品並ぶと、存在感があって色気のない山菜だけに、どんよりとした気分に陥る。細木数子を三日間見続けるのと同じ気分といえば分かるであろうか。

もう一つ大きな問題がある。初採りは20本で済んだが、収穫の本番はこれからである。雨が降るたびに(降らなくても)、筍はぐんぐん成長する。伸びすぎないうちに採らないと、あっという間に竹になる。数えたこともないけれど、数百本(500本は下らない)の筍を収穫しなければならない。そして、その処分、感動の初採りから、あっという間に処分という言葉を選択しなければならないほど、筍は価値観を下げる。ひたすら、おすそ分け、おすそ分けとあいなる。うどやたらの芽は食いたくなければ、採らなければいい、ほっとけばいい。筍はそんなわけにはいかない。竹になる前に、採らないと増え続ける。混み過ぎは、良質の筍を再生産しない。1軒に10本のおすそ分けとして、500÷10=50。50軒におすそ分け。大変な作業である。この問題を解決すべく、今、私は竹炭作りを検討している。

岡ワサビ(当地ではトウワサビともいう)をご存知だろうか。今日はこの岡ワサビの移植をした。もともとは、亡父が栽培していたのだが、父の死後、管理不行き届きで、絶滅の危機に瀕していた。ここ数年間は食することもなく、その存在さえ忘れかけていた。ところが今日突然に、あいつら一体どうなったのであろうかと思い、かつてのワサビ畑に、視察に出かけた。あったのである。雑草の中に細々と命をつないでいたのである。掘り起こしてみると、ちゃんと根っこにワサビの形をとどめた塊があったのである。当地でも栽培しているのは我が家だけだったので、種(?)の入手経路もよく分からない代物なので、「よくぞ、生きていてくれた」と彼らに労いのの言葉をかけた。ワサビといっても名前の示すとおり、岡で育てられる。本ワサビのように湧き水は必要ない。育て方は難しくはない(多分)。どういう食し方があるかというと、ワサビというくらいだからまず刺身の薬味、お茶漬けの薬味。おひたしの薬味、漬物の薬味(特に白菜、野沢菜)、辛味はさほど強くないが香りがいい。すりおろしたものをたらーっと醤油をかけて、熱々のご飯に載せて食べると食が進む。超マイナーな野菜ではあるけれど、なぜ普及しないのか不思議だ。収穫は秋。一冬中こいつは私の食欲を助けてくれる。岡ワサビ知っている人おりますか?

本日もエンゲル係数低し。

本日のエンゲル係数

今日は田植えでした。専業農家じゃないのだけれど、ご先祖さんが残してくれた田んぼ、疎かに扱うわけにはいきません。機械化が進み、肉体的、時間的にはずいぶん楽になりました。とは言っても当然のごとく経費増大。結果、割に合わない。コンビニのバイトのほうが時給が高いかも。といいながらも、何故か田んぼを作り続ける。そこに田んぼがあるから。ウチが田んぼをやめれば、田んぼは荒れて草ボーボーになる。隣接する田んぼの所有者は迷惑をこうむることになります。防除がたいへんになるわけです。ボーボーの草のお陰で、風通しが悪くなり、病気にかかり易くなったり、害虫の攻撃を受けたり、稲の生長に影響が出るわけですね。1反歩8俵獲れたとして、1町歩で80俵(1俵=60kg)。1俵が20,000円とすると1,600,000円。農機の投資その他のモロモロの投資で5,00,000円、さらに、肥料、農薬、種籾代、燃料、人件費、うーん計算する気にもならない。当地区の農家の平均像ですね、これが。それでも、米を作り続ける。お百姓さんは太っ腹です。


さて、予定より早く田植え終了。近くの林へ盆栽素材の採取に向かう。ウチの田んぼは山の中にある。いろいろ吟味するもなかなか良い素材に巡り会わない、山は樹木を育んでくれる。しかし、盆栽向きの素材は育まない。幹模様は悪くないのに、枝が徒長(枝がべろーっと伸びて節間の長いこと)したものばかり。当たり前ですね。山は決して盆栽愛好家に親切じゃないのです。探し続けて1時間、良いのが見つかりました。もみじ、山つつじ、あかしで(そろ)、こなら、特にこならが良い。長く持ち込めばどんぐりつけるかな。


例のごとく夕飯は山菜尽くし。女房殿飽きが来ないように目先を変えている。さらに、なんと、子鯛の塩焼きにほうぼうの煮付け。今日のエンゲル係数は大きい、かと思ったら近くの漁師のおすそ分け。昨日の筍のおすそ分けののお返し。今日も我が家のエンゲル係数は低し。めでたし、めでたし。


 

筍採れた お湯沸かせ

1日2度の更新です。どっかで息切れすのるだろうけれど、走られる時に走っておく。

午後から筍採りに行ってきました。20本の収穫です。採れたてはあくが少ない。採ったらすぐ茹でろ。定説です。それで、携帯から「筍採れたお湯沸かせ」。我が家の竹林はほとんど手入れがされておりません。時たま間伐するくらいのものです。あまり竹が混みすぎると筍が出てこないので、間引きをするわけです。あとはほったらかし。放任主義の下育った筍です。だから、手入れの行き届いた販売用の(ウチのやつはひたすらおすそ分け用、自家用)筍と違って黒々としていて(もちろん皮のかぶった状態)逞しい。手塩にかけて育てた上品な筍とはちょっとオモムキが違うのです。逞しいから美味いのかというと別にそんなことあるはづもなく、逞しさをあまり強調するのもなんなんですが、画像がないので、言葉で強調しておきました。

野菜類もそうなんだろうけれど、筍も一番採りのものが一番美味い。一番元気のあるやつが最初に地面から顔(頭かな?)を出す。元気のあるやつが美味い。そうに決まっている。ウチでは、地面を掘り起こしてまで、筍は採らない。むっくり、ずんぐりといった按配になるまで少し成長させて(2,3日)から採る。雨後の筍というくらいで雨が降れば一日でずいぶん伸びる。せっかく土の中からお天道さんを眺められる状態まで成長したコケ順のいい(盆栽用語;根元が太く先端に行くにしたがって細くなること)筍もあっという間に命がなくなる。かわいそうなものです。去年、鉢に入れて盆栽仕立てにしようとしましたが、すぐにかれてしまいました。

多分今晩の夕食は、筍ご飯に筍の味噌汁、同煮付けといったところでしょう。あと、ウドとたらの芽のてんぷら。5月はやたらとエンゲル係数が小さい。無論、米も自家米。

自己紹介

今年になってやっとこさネット(isdn)がつながって、早速ブログを開設、けど分からないことだらけで・・・・。56歳のおっさんには正直きつい。ただお蔭さんで、ごみ情報をかき分けながらネット探検した結果、いくつかのブログをbookmark.「bookmark」入りしたブログはどれも感心するものばかりで、ちょっと気後れするところもあるのだけれど、ほとんどが首都圏発信のものばかりで、田舎暮らしのベテランとしては、田舎の視点にたったブログで自分なりの独自性を出していこうと思っております。サミシガリヤなもんで、コメント大歓迎です。先達の素敵なブロガーさんへブログ開設のご挨拶を出したところ、お返事を頂き、その効果か、カウンターの数字が突然上がり始めました。無風状態から少し風がでてきた、というところです。


で、自己紹介です。
『私は、20世紀後半の最初の年の、最初の月の、最初の週の生まれで1951年1月4日に生まれた』と、これは、村上春樹のナントかという小説の書き出し部分で、たまたま本屋の立ち読みでこのくだりを発見、「おれとどんぴしゃジャン!」ということで、以後自己紹介では、この表現を多用しております。
すんでいるところは、新潟県上越市。日本一人口の多い過疎地だそうです。例の市町村大合併の結果で、やたら広い市になりました。山間部は日本有数の豪雪地帯で、直江津、高田が市の中心になります。「じょうえつ」とすべて音読みで、わが町と愛着がわかない名前であります。
東京に住む甥っ子に「おじさんのとこ近くにコンビにねーんだ!!」と馬鹿にされたこともありますが、住めば都、少々の不便は慣れっこであります。道路を挟んで目の前が日本海、後ろは里山が家にへばりついている。(里山に家がへばりついている  が正解)
海の幸、山の幸どちらも手近なところで間に合う。もっとも海の幸といってもぶりがすぐ間に合うということはないけどネ。
趣味はなしだったのだけれど、3年ほど前からミニ盆栽(まだ凡栽!)素材は山採り、実生が中心でとても盆栽というところまで育っていない。妻、母、、子供二人にめい犬ウメが家族。零細自営業。

デジカメが退院したら、画像もアップできると思います。それまでは殺風景なブログですが少々のお待ちを。

明日は田植えです。今日はこれから筍採り。午前中に視察済みです。  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。