永遠の三ツ星「ラーメン 「あら川」」
先日の記事で、「100年禁煙」に成功した暁には三ツ星レストランに行く、と書いたが、よく考えてみたら、今回認定された店がそのまま100年後も三ツ星を維持しているとは限らない、と言うことに気がついた。ファーストフードやレトルトフードになじんだ味覚神経は退化の一途を辿っているようでもあるし、そもそも嗜好というものは好みの問題であるから、絶対的評価そのものがなじまない。「どの色が一番良いのか」を決めることができないのと同じことだ。当てにならない「三ツ星」や「公約」に幻想を抱くより、「灯台もと暗し」地元に輝くラーメン屋があったから今日は「私の一番好きなラーメン屋」のことを書くことにした。「100年禁煙」のご褒美はあとでゆっくり考えることにしよう。まだ100年もあるのだから。
都会に住む人たちのブログで「旨いもの処」の紹介する記事をよく目にする。田舎暮らしには目の毒で「いいよなー都会は、旨いものを食わせるところがたくさんあって」とセンボーシットのまなざしで眺めていた。ところが、花まきさんが私の生活圏内にまで押し入ってきて、黒姫の蕎麦名店の紹介記事を書いた。抜かれてしまったのである。地方紙が中央紙に地元ネタを抜かれたようなものである。
ささやかな反撃ということで、ラーメン「あら川」を紹介。まずは店構え

ラーメン屋の店構えとすればおもしろくもなんともない、地味で平凡で主張のない店構えだ。
メニューも紹介する。

メニューの横にあるカレンダーの定休日をマークした赤のマジックインキが唯一彩りを添えているが、実にシンプルで色気のないラインナップである。お品はこれだけ。
肝心のラーメン様。

物語も生まれそうもないフツーのラーメンだ。写真がへたくそというのもあるがあまりにフツー過ぎてコメントのつけようもない
こんなに迫力のない画像とやる気のないようなコメントでは記事にならないので補足説明をする。
おばちゃんと娘さんの母娘のふたりで切り盛りしている店である。メニュー画像を見れば分かるとおりラーメン、わかめラーメンしかない店だ。。チャーシューメンも餃子もない。ラーメンは450円。昔はカレーもあったが粗忽者のおばちゃんがつまづいて足にけがをして静養している時に、一人っきりになった娘さんが一人で二つものメニューをこなすのは大変だと言うことで、カレーはメニューから取り外された。おばちゃんは養生の甲斐あって、厨房復帰したにもかかわらずカレーはメニュー復帰していない。理由は定かではない。カレーがあったときの私の注文はいつもカレーとラーメンのフルコースだった。中村屋のカレーも帝国ホテルのカレーも食べたことはないが私には日本一のカレーだった。今や幻のカレーとなってしまった。
この店にはちょっと変わったシステムがある。17,8のカウンター席しかない店であるにもかかわらず左側半分の席でしかラーメンを食えないのだ。右側のカウンターは左側席に空きができた時に移動するまでの仮の席なのである。入店したら左側に空きがあってもいったんは右側の席に着かなければならない。何故こういうシステムを作ったのか、私には分からない。店は通りから外れたところにあるから一見の客はほとんどいない。メンがなくなると店を閉める。私の見るところはせいぜい50食分のメンしか用意してないようだ。営業は平日の昼のみ。1時に行っても暖簾はもうかかっていない。土日、祝祭日、その他適当な日を休日に加えている。地元の人でも平日のお昼時1時間くらい時間を自由にとれる人でないと食べることができない。母娘ともきわめて愛想がいいということもないが、勘定の際には気持ちのこもった「ありがとうございました」が返ってくる。ラーメンの味はどうかというと、見た目といっしょでフツーである。ことさら際だつ秘伝のタレも、こだわりのスープもあるのかないのか分からない。メニューの札とカレンダー以外に文字らしきものが店内にはないし、母娘から聞いたこともない。スープは押しつけがましい「コク」を強調するわけでもなく、醤油の香りとうま味をうまく引き出したそんなスープだ。ほとんどの人はすべて飲み干す。何年もの間450円の値段は変わっていないから気を利かして「500円にしたら」と提案してみたが「じゃー、あんただけ明日から500円」と返事が返ってきたから、「そりゃ困る」と即刻拒否した。儲けることに不熱心な不思議な店である。
この記事は加筆、訂正前の記事です。メンドーだからそのままにしておきます。コメント欄に言い足りないことを付け加えてありますので読んでネ。
都会に住む人たちのブログで「旨いもの処」の紹介する記事をよく目にする。田舎暮らしには目の毒で「いいよなー都会は、旨いものを食わせるところがたくさんあって」とセンボーシットのまなざしで眺めていた。ところが、花まきさんが私の生活圏内にまで押し入ってきて、黒姫の蕎麦名店の紹介記事を書いた。抜かれてしまったのである。地方紙が中央紙に地元ネタを抜かれたようなものである。
ささやかな反撃ということで、ラーメン「あら川」を紹介。まずは店構え

ラーメン屋の店構えとすればおもしろくもなんともない、地味で平凡で主張のない店構えだ。
メニューも紹介する。

メニューの横にあるカレンダーの定休日をマークした赤のマジックインキが唯一彩りを添えているが、実にシンプルで色気のないラインナップである。お品はこれだけ。
肝心のラーメン様。

物語も生まれそうもないフツーのラーメンだ。写真がへたくそというのもあるがあまりにフツー過ぎてコメントのつけようもない
こんなに迫力のない画像とやる気のないようなコメントでは記事にならないので補足説明をする。
おばちゃんと娘さんの母娘のふたりで切り盛りしている店である。メニュー画像を見れば分かるとおりラーメン、わかめラーメンしかない店だ。。チャーシューメンも餃子もない。ラーメンは450円。昔はカレーもあったが粗忽者のおばちゃんがつまづいて足にけがをして静養している時に、一人っきりになった娘さんが一人で二つものメニューをこなすのは大変だと言うことで、カレーはメニューから取り外された。おばちゃんは養生の甲斐あって、厨房復帰したにもかかわらずカレーはメニュー復帰していない。理由は定かではない。カレーがあったときの私の注文はいつもカレーとラーメンのフルコースだった。中村屋のカレーも帝国ホテルのカレーも食べたことはないが私には日本一のカレーだった。今や幻のカレーとなってしまった。
この店にはちょっと変わったシステムがある。17,8のカウンター席しかない店であるにもかかわらず左側半分の席でしかラーメンを食えないのだ。右側のカウンターは左側席に空きができた時に移動するまでの仮の席なのである。入店したら左側に空きがあってもいったんは右側の席に着かなければならない。何故こういうシステムを作ったのか、私には分からない。店は通りから外れたところにあるから一見の客はほとんどいない。メンがなくなると店を閉める。私の見るところはせいぜい50食分のメンしか用意してないようだ。営業は平日の昼のみ。1時に行っても暖簾はもうかかっていない。土日、祝祭日、その他適当な日を休日に加えている。地元の人でも平日のお昼時1時間くらい時間を自由にとれる人でないと食べることができない。母娘ともきわめて愛想がいいということもないが、勘定の際には気持ちのこもった「ありがとうございました」が返ってくる。ラーメンの味はどうかというと、見た目といっしょでフツーである。ことさら際だつ秘伝のタレも、こだわりのスープもあるのかないのか分からない。メニューの札とカレンダー以外に文字らしきものが店内にはないし、母娘から聞いたこともない。スープは押しつけがましい「コク」を強調するわけでもなく、醤油の香りとうま味をうまく引き出したそんなスープだ。ほとんどの人はすべて飲み干す。何年もの間450円の値段は変わっていないから気を利かして「500円にしたら」と提案してみたが「じゃー、あんただけ明日から500円」と返事が返ってきたから、「そりゃ困る」と即刻拒否した。儲けることに不熱心な不思議な店である。
この記事は加筆、訂正前の記事です。メンドーだからそのままにしておきます。コメント欄に言い足りないことを付け加えてありますので読んでネ。
「野菜の横綱」ギブアップ宣言
私は日本で3本の指にはいるくらい「ナス」が好きだ。地味な野菜で、味も食感もこれと言った特徴がなく、水分がほとんどで、栄養もない野菜だから、「ナス好き」と言っても「こよなくナスを愛する者達による平和連合」(ナ平連)といった大きな勢力はできそうにもない。
実は、ずっと棚晒しになって埃を被っている「野菜の横綱」には、強力に「ナス」を推挙する予定だった。しかし、「横綱」は「強靱な体力と個性的な技を持っていなければならない」という社会通念からすると、ナスはいかにも線が細いのだ。「俺が好きだから」という理由では、あまりに説得力のない横綱推挙の弁だ。色が艶やかで独創的、ヘタを持っている、形がユニーク、煮ても、焼いても、生でも食える、特徴をいくつか探し出してみたものの、よく考えてみれば、そんな野菜ははいくらでもある。そんなこんなで、ひいきの野菜を強引に横綱に推挙できないことを悟った私は、横綱審議委員長としての使命感がだんだんと萎えてきた。知らんぷりを決め込んで、そーっと「野菜のランキング」欄を外してしまおうかとも考えたのだけれど、ここは潔く「も う し わ け あ り ま せ ん」とコウベを10秒ほど垂れた上でのギブアップ宣言をすることにする。「野菜の横綱」は終章を迎えることなくすごすごと退散だ。
さて、しかしだ、ナスの話はまだ続く。今年の我が家の自家栽培のナスは近年にない不出来だった。毎年春先に、私はナス栽培責任者(母)に「他の野菜はどうでも良いから、ナスだけはくれぐれも粗相のないように扱い、身の締まった艶やかなナスを生産してほしい」旨を申しつける。さらに、長雨がたたったとか、日照時間が少なかったとか、日照りで水不足だったとかは言い訳だから、どんな気候になってもナスにとって最適な環境を作るよう付け加える。
ところが、2007年度のナスはひどく不作で品質も悪く、私をガッカリさせた。しかも、あれほど強く言ったにもかかわらず、母は「猛暑による水不足」を不作の理由に挙げ、言い逃れしようとした。「水分不足なら、毎日水遣りをすればいい」と、至極もっともな指摘をしたのだけれど、「それならお前がやればいい」とこれまた至極もっともな反論の言葉だ返ってきた。
「盆栽の水遣りは毎日やっているのだから」とさらに追い打ちを掛ける。
盆栽は家の裏にあるから、水遣りはさほど手間もかからないし、何より本日のご機嫌がどうであるかのお伺いを立てる必要があるので、手抜きをするわけにはいかないが、ナス畑は車で5分ほどの裏山まで登らなければならないから、エネルギーの消費が随分違う。母はさらにたたみかける。「だいたいお前は今年ソバを蒔いて秋になったら旨い蕎麦を食べさせてあげると言ったけど、あの話は一体どうなった?」
一挙に私の方が形勢不利になってきた。、討論会を打ち切るより仕方ない。討論会の流れからすると、来年からは私がナス栽培責任者にならなければいけないようだ。 つづく
次回は『お薦めナス料理』
実は、ずっと棚晒しになって埃を被っている「野菜の横綱」には、強力に「ナス」を推挙する予定だった。しかし、「横綱」は「強靱な体力と個性的な技を持っていなければならない」という社会通念からすると、ナスはいかにも線が細いのだ。「俺が好きだから」という理由では、あまりに説得力のない横綱推挙の弁だ。色が艶やかで独創的、ヘタを持っている、形がユニーク、煮ても、焼いても、生でも食える、特徴をいくつか探し出してみたものの、よく考えてみれば、そんな野菜ははいくらでもある。そんなこんなで、ひいきの野菜を強引に横綱に推挙できないことを悟った私は、横綱審議委員長としての使命感がだんだんと萎えてきた。知らんぷりを決め込んで、そーっと「野菜のランキング」欄を外してしまおうかとも考えたのだけれど、ここは潔く「も う し わ け あ り ま せ ん」とコウベを10秒ほど垂れた上でのギブアップ宣言をすることにする。「野菜の横綱」は終章を迎えることなくすごすごと退散だ。
さて、しかしだ、ナスの話はまだ続く。今年の我が家の自家栽培のナスは近年にない不出来だった。毎年春先に、私はナス栽培責任者(母)に「他の野菜はどうでも良いから、ナスだけはくれぐれも粗相のないように扱い、身の締まった艶やかなナスを生産してほしい」旨を申しつける。さらに、長雨がたたったとか、日照時間が少なかったとか、日照りで水不足だったとかは言い訳だから、どんな気候になってもナスにとって最適な環境を作るよう付け加える。
ところが、2007年度のナスはひどく不作で品質も悪く、私をガッカリさせた。しかも、あれほど強く言ったにもかかわらず、母は「猛暑による水不足」を不作の理由に挙げ、言い逃れしようとした。「水分不足なら、毎日水遣りをすればいい」と、至極もっともな指摘をしたのだけれど、「それならお前がやればいい」とこれまた至極もっともな反論の言葉だ返ってきた。
「盆栽の水遣りは毎日やっているのだから」とさらに追い打ちを掛ける。
盆栽は家の裏にあるから、水遣りはさほど手間もかからないし、何より本日のご機嫌がどうであるかのお伺いを立てる必要があるので、手抜きをするわけにはいかないが、ナス畑は車で5分ほどの裏山まで登らなければならないから、エネルギーの消費が随分違う。母はさらにたたみかける。「だいたいお前は今年ソバを蒔いて秋になったら旨い蕎麦を食べさせてあげると言ったけど、あの話は一体どうなった?」
一挙に私の方が形勢不利になってきた。、討論会を打ち切るより仕方ない。討論会の流れからすると、来年からは私がナス栽培責任者にならなければいけないようだ。 つづく
次回は『お薦めナス料理』
おまえとなら死んでも良い
●頻繁に記事の更新をするには忙しすぎる。春先には「廃業」の危機を感じるほど暇だった仕事が、7月頃より忙しくなってきた。そして今は抱え込んだ仕事をどうやってつつがなく引き渡そうかともがき苦しんでいる。一年間平均的に仕事があればいいのだが、雪国の宿命で、ある時期に仕事が集中してしまう。つらいところであるが、キリギリスのようにこの時期にコンサート三昧にフケルわけにはいかない。これからは記事の更新も不定期になると思うが「あしからず」である。
●私は食べ物の好き嫌いがほとんどない。空気さえあれば、多分世界中どこでも生きていけるだろう。およそ口に余るものがないのだ。
フグの活き作りやベニテングタケのソテーは勘弁していただくが、毒素を含んでいない食い物であればたいがいはいける。そんな私でも、苦手な食い物をどうしても、どうしても一つあげろと、刃物で脅されれば、ひとつだけあげることが出来る。それはモロヘイヤである。こいつを食べるとなんだかのどがヒリヒリする。栄養素をたくさん含んでいるという噂だが、のどを通過するときの不快感を考えると、栄養なんてどうでもよい。青臭いにおいも好きになれないし、中途半端なぬめりも気持ち悪い。しかし、世の中にはこんな植物でも好んで食べる人がいるのだから、人間の嗜好は不思議なものだ。
●不思議と言えば、私が子供の頃、スイばあちゃんが好んで食べていた「ところ芋」がある。[ところ芋」でググってみたが何にもヒットしなかった。「ところ芋」はこの地独特の呼び方か、ひょっとして、未確認植物かもしれない。葉っぱは山芋に似ている。山芋だと思って掘り起こしてみると、形も大きさもは「しょうが」にそっくりの「ところ芋」が出てくる。普通の人は忌々しげにこの芋をミズナラ目がけて投げつける。しかし、スイばあちゃんはにっこり笑って家に持ち帰る。塩茹でした後、こいつを包丁で皮を剥きながら、ムシャムシャと、まるで里芋の塩茹ででも食べるかのように、じつに旨そうに食べるのだ。私には未知の食べ物だったが「さあ食え」と勧められることはなかった。黒バイの売上金を着服したスイばあちゃんのことだから、「さては旨いものを独り占めするつもりだな」と判断した私はスイばあちゃんのスキをみて、ひとつ盗み食いしてみた。期待をしながらひと噛みすると、さすがの雑食人間ウメ少年も「げげげ、なんじゃこれは!!!!!まずい!」と言って吐き出した。世の中にこんな不味い食い物があるとは思わなかった。食感は芋であるが、とんでもなく苦い。苦いなんてものではない。口がひん曲がるほどの苦さであった。熊の胃をキハダの煮汁で煮込んだような味だ。こんなものを、さも旨そうにムシャムシャ食っているばあちゃんの味覚神経に、私は身の毛もよだつようなおぞましさを感じた。ばあちゃんは一体どんな味覚神経をしているのか、私の乏しい想像力の限界をはるかに超えていた。これが教訓になり、私は、パンダが笹を旨そうに食べているからと言って、決して笹にマヨネーズをつけて食べようとは思わなかった。
●苦いと言えばなんと言っても酒である。じいちゃんにつきあって観るていた「水戸黄門」。ドラマの中で、ご隠居さん、助さん、格さんが実に旨そうに日本酒を呑む。子供心にも、酒というのはさぞかし旨い飲み物であろうと容易に想像できた。「もしかしたら、牛乳と同じくらい旨い飲み物かもしれない。だから、子供には呑んでいけないというのだろう」と言う答えを導き出した。じいちゃんと「水戸黄門」を観ながら、「早く大人になりたいな」と、酒が呑める日のことを夢想していた。
「光陰矢のごとし、少年老いやすく学成りがたし」ということでume少年もあっという間に成人して、めでたく、堂々と酒を呑める歳になった。記念すべき日は小振りのお猪口で「グイッ」と酒をのどに流し込む予定だった。で、そうした。そして、結論「げげげ、なんじゃこれは!!!!、まずい!」「ところ芋」以来の苦み成分が私を襲った。こんなものを旨そうに呑んでいる人たちの味覚神経は一体どうなっているのだ?どうしてこんなに苦い液体をを好んで呑むのか不思議に思ったものだ。酒は(むろんビールも)具合の悪いことに酔っぱらうという副産物も伴う。これがなければ、私ももう少し宴席のおつきあいも出来るのだが、下戸が世間に知れ渡ってからというもの、飲み会の誘いがぐんと減ってしまったのは寂しい限りだ。気の合う仲間達との宴席は下戸の私でも楽しい。大食いであるから、けっして割り勘負けはしない。飲み会に誘われなくなったのは大食いのせいかもしれない。
ume家は代々(4代)、当主は酒を呑めない。由緒ある下戸の家系だったが、二人の息子は、DNAの配列が狂ったのか、呑ん平になった。ume家の伝統も息子の代で潰えてしまった。残念なことである。
●残念と言えば、秋の味覚であるキノコに「スギヒラタケ」というのがあるが、数年前に全国で中毒事件が頻発して、死亡事故も起きた。大好物のキノコが突然ベニテングタケの扱いを受けてしまった。スギヒラタケは秋なすと一緒に味噌汁に仕立てるとうまい。杉の倒木に生えるこのキノコは扇形の特徴的な形をしているから、紛らわしい毒キノコもなく、もっとも安全なキノコだと思っていたのに、ある日突然毒キノコになったのだ。今まで何十年も食い続けていたキノコだ、世間からどういう扱いを受けようとも、私は見捨てない。「おまえとなら死んでも良い」とばかりに未だ食い続けているが、家族は誰も食わなくなった。もうじきスギヒラタケの季節がやってくる。
●私は食べ物の好き嫌いがほとんどない。空気さえあれば、多分世界中どこでも生きていけるだろう。およそ口に余るものがないのだ。
フグの活き作りやベニテングタケのソテーは勘弁していただくが、毒素を含んでいない食い物であればたいがいはいける。そんな私でも、苦手な食い物をどうしても、どうしても一つあげろと、刃物で脅されれば、ひとつだけあげることが出来る。それはモロヘイヤである。こいつを食べるとなんだかのどがヒリヒリする。栄養素をたくさん含んでいるという噂だが、のどを通過するときの不快感を考えると、栄養なんてどうでもよい。青臭いにおいも好きになれないし、中途半端なぬめりも気持ち悪い。しかし、世の中にはこんな植物でも好んで食べる人がいるのだから、人間の嗜好は不思議なものだ。
●不思議と言えば、私が子供の頃、スイばあちゃんが好んで食べていた「ところ芋」がある。[ところ芋」でググってみたが何にもヒットしなかった。「ところ芋」はこの地独特の呼び方か、ひょっとして、未確認植物かもしれない。葉っぱは山芋に似ている。山芋だと思って掘り起こしてみると、形も大きさもは「しょうが」にそっくりの「ところ芋」が出てくる。普通の人は忌々しげにこの芋をミズナラ目がけて投げつける。しかし、スイばあちゃんはにっこり笑って家に持ち帰る。塩茹でした後、こいつを包丁で皮を剥きながら、ムシャムシャと、まるで里芋の塩茹ででも食べるかのように、じつに旨そうに食べるのだ。私には未知の食べ物だったが「さあ食え」と勧められることはなかった。黒バイの売上金を着服したスイばあちゃんのことだから、「さては旨いものを独り占めするつもりだな」と判断した私はスイばあちゃんのスキをみて、ひとつ盗み食いしてみた。期待をしながらひと噛みすると、さすがの雑食人間ウメ少年も「げげげ、なんじゃこれは!!!!!まずい!」と言って吐き出した。世の中にこんな不味い食い物があるとは思わなかった。食感は芋であるが、とんでもなく苦い。苦いなんてものではない。口がひん曲がるほどの苦さであった。熊の胃をキハダの煮汁で煮込んだような味だ。こんなものを、さも旨そうにムシャムシャ食っているばあちゃんの味覚神経に、私は身の毛もよだつようなおぞましさを感じた。ばあちゃんは一体どんな味覚神経をしているのか、私の乏しい想像力の限界をはるかに超えていた。これが教訓になり、私は、パンダが笹を旨そうに食べているからと言って、決して笹にマヨネーズをつけて食べようとは思わなかった。
●苦いと言えばなんと言っても酒である。じいちゃんにつきあって観るていた「水戸黄門」。ドラマの中で、ご隠居さん、助さん、格さんが実に旨そうに日本酒を呑む。子供心にも、酒というのはさぞかし旨い飲み物であろうと容易に想像できた。「もしかしたら、牛乳と同じくらい旨い飲み物かもしれない。だから、子供には呑んでいけないというのだろう」と言う答えを導き出した。じいちゃんと「水戸黄門」を観ながら、「早く大人になりたいな」と、酒が呑める日のことを夢想していた。
「光陰矢のごとし、少年老いやすく学成りがたし」ということでume少年もあっという間に成人して、めでたく、堂々と酒を呑める歳になった。記念すべき日は小振りのお猪口で「グイッ」と酒をのどに流し込む予定だった。で、そうした。そして、結論「げげげ、なんじゃこれは!!!!、まずい!」「ところ芋」以来の苦み成分が私を襲った。こんなものを旨そうに呑んでいる人たちの味覚神経は一体どうなっているのだ?どうしてこんなに苦い液体をを好んで呑むのか不思議に思ったものだ。酒は(むろんビールも)具合の悪いことに酔っぱらうという副産物も伴う。これがなければ、私ももう少し宴席のおつきあいも出来るのだが、下戸が世間に知れ渡ってからというもの、飲み会の誘いがぐんと減ってしまったのは寂しい限りだ。気の合う仲間達との宴席は下戸の私でも楽しい。大食いであるから、けっして割り勘負けはしない。飲み会に誘われなくなったのは大食いのせいかもしれない。
ume家は代々(4代)、当主は酒を呑めない。由緒ある下戸の家系だったが、二人の息子は、DNAの配列が狂ったのか、呑ん平になった。ume家の伝統も息子の代で潰えてしまった。残念なことである。
●残念と言えば、秋の味覚であるキノコに「スギヒラタケ」というのがあるが、数年前に全国で中毒事件が頻発して、死亡事故も起きた。大好物のキノコが突然ベニテングタケの扱いを受けてしまった。スギヒラタケは秋なすと一緒に味噌汁に仕立てるとうまい。杉の倒木に生えるこのキノコは扇形の特徴的な形をしているから、紛らわしい毒キノコもなく、もっとも安全なキノコだと思っていたのに、ある日突然毒キノコになったのだ。今まで何十年も食い続けていたキノコだ、世間からどういう扱いを受けようとも、私は見捨てない。「おまえとなら死んでも良い」とばかりに未だ食い続けているが、家族は誰も食わなくなった。もうじきスギヒラタケの季節がやってくる。
「野菜の横綱」 食材今昔物語 魚篇転じて海の幸篇 中途半端に終結
『「野菜の横綱」(食材今昔物語)』はヘンなサブタイトルを付けたおかげで野菜までたどり着けないでいる。前回は魚を取り上げる予定だったが脇道へそれてしまった。今日はもう少しだけ魚の話をしてから、まっしぐらに野菜に突き進む予定である。
走り幅跳びの世界記録保持者なら、我が家のトイレの前から助走を付けて玄関ドアーの枠のところで踏み切れば、間違いなく日本海に着地する。(玄関ドアーは開けておかなければならない。)海が我が家の目の前にあると言うことは前回の記事にも書いたが、その割に海からの恩恵がない。むしろ、弊害が多い。弊害の最たるものは「塩害」だ。エアコンの室外機が僅か2,3年でいかれてしまう。一度いかれると、何回修理しても、すぐにまた壊れる。しょうがないから、新品と交換しなければならないのだが「なじみのエアコン業者」の動きが鈍い。発注してから工事に取り掛かるまで数年かかる。何を隠そう「なじみのエアコン業者」とは、「ume冷暖房工事店」のことである。家人ががいくら催促しても、ume店長は工事に取り掛からない。理由は簡単で、「金にならない」と「面倒くさい」。実に整合性のある理由だ。よってume家のエアコンはここ数年動いていない。塩害の被害はエアコンだけではない。車、外壁、ボイラーと、ステンレス製以外の金属製品はすべて耐用年数が短い。さらに、私の大事なミニ盆栽も被害を受ける。塩害で立ち枯れするのだ。何年もの間「蝶よ、花よ」と育ててきた盆栽が、強い潮風に当たるとみるみる元気を失い、ついには枯れてしまう。波の高い日は家までしぶきが飛んでくるのだからしょうがない。
もう一つ歓迎しないものに風がある。夏は、海からそよそよと吹く風は心地良いものがあるのだが、問題は冬だ。日本海側特有の北西の季節風はたいへんなもので、家の中にいれば震度3に匹敵するほど揺れを感じる。私が地震の揺れに鈍感なのはこのせいである。さらに、・・・ 長い脇道になりそうなので、脇道は封鎖。
当たり前の話であるが、海の幸は、山の幸に比べると、捕獲するのが大変で、技術、装備、根性の3要素を備えていないと、獲物をゲットすることができない。獲物が自ら進んで我が家へやってくることはない。我が家があまり海の恩恵を受けていないのは、私が「捕獲3要素」を持ち合わせていないせいだ。昨日の記事に書いたように、たまたまクロバイを大量にゲットした過去の栄光もあるが、それ以外に自慢できるような収穫はない。数少ない過去の収穫を書いてみると、スズキ(夜釣り)3尾、アイナメ約30尾、タコ3バイ、サザエ3個,....50年以上も家の前には日本海が横たわっているにもかかわらず、私の戦利品はたったこれだけである。海の男としては、穴があったら入りたいほど恥ずかしい明細だ。すべてを思い出せるのだから、私の記憶力もたいしたものである。しかし、ありがたいことに、当集落には「獲れすぎたらお裾分け」という美しい伝統があって、「捕獲3要素」を完璧なまでに兼ね備えた家々が何軒もあって、私の生涯収穫量の何十倍ものお裾分けのご相伴にあずかっている。まあしかしそれでも、海の幸は購入品に頼るケースが多い。
海の幸と一口に言っても、貝、魚、タコ、イカ、エビ、海草と色も形も様々で、イカやサザエのように何を考えて日々暮らしているのか見当もつかないやつもいるし、クラゲのように図体が大きく、邪魔なだけで目障りなヤツや毒を持っているものもいる。
政界で例えるなら民主党か。
輸送機関の発達により、海の幸は素早く産地から消費地に輸送される。産地以外でも新鮮な魚介類がてにはいる。よって、海のそばに住んでいるからと言って、特別の優位性がない。冷蔵庫がまだ普及していない時代、行商人から買った魚は朝のうちにume家では刺身にした。干物や塩引は夕飯ようのおかずだった。
イカ刺しで朝からいっぱいとというわけにもいかず、かといって干鱈でいっぱいというのも酒欲(というのかな)もわかない。
代々ume家の当主が下戸なのは、この辺りに原因があるのかもしれない。
いかにも中途半端であるが、食材今昔物語はこれでおしまい。魚はネタが少ないのです。
次回はいよいよ本篇「野菜の横綱」を投稿します。はたして、盆休暇中にアップできるか。
つづく
走り幅跳びの世界記録保持者なら、我が家のトイレの前から助走を付けて玄関ドアーの枠のところで踏み切れば、間違いなく日本海に着地する。(玄関ドアーは開けておかなければならない。)海が我が家の目の前にあると言うことは前回の記事にも書いたが、その割に海からの恩恵がない。むしろ、弊害が多い。弊害の最たるものは「塩害」だ。エアコンの室外機が僅か2,3年でいかれてしまう。一度いかれると、何回修理しても、すぐにまた壊れる。しょうがないから、新品と交換しなければならないのだが「なじみのエアコン業者」の動きが鈍い。発注してから工事に取り掛かるまで数年かかる。何を隠そう「なじみのエアコン業者」とは、「ume冷暖房工事店」のことである。家人ががいくら催促しても、ume店長は工事に取り掛からない。理由は簡単で、「金にならない」と「面倒くさい」。実に整合性のある理由だ。よってume家のエアコンはここ数年動いていない。塩害の被害はエアコンだけではない。車、外壁、ボイラーと、ステンレス製以外の金属製品はすべて耐用年数が短い。さらに、私の大事なミニ盆栽も被害を受ける。塩害で立ち枯れするのだ。何年もの間「蝶よ、花よ」と育ててきた盆栽が、強い潮風に当たるとみるみる元気を失い、ついには枯れてしまう。波の高い日は家までしぶきが飛んでくるのだからしょうがない。
もう一つ歓迎しないものに風がある。夏は、海からそよそよと吹く風は心地良いものがあるのだが、問題は冬だ。日本海側特有の北西の季節風はたいへんなもので、家の中にいれば震度3に匹敵するほど揺れを感じる。私が地震の揺れに鈍感なのはこのせいである。さらに、・・・ 長い脇道になりそうなので、脇道は封鎖。
当たり前の話であるが、海の幸は、山の幸に比べると、捕獲するのが大変で、技術、装備、根性の3要素を備えていないと、獲物をゲットすることができない。獲物が自ら進んで我が家へやってくることはない。我が家があまり海の恩恵を受けていないのは、私が「捕獲3要素」を持ち合わせていないせいだ。昨日の記事に書いたように、たまたまクロバイを大量にゲットした過去の栄光もあるが、それ以外に自慢できるような収穫はない。数少ない過去の収穫を書いてみると、スズキ(夜釣り)3尾、アイナメ約30尾、タコ3バイ、サザエ3個,....50年以上も家の前には日本海が横たわっているにもかかわらず、私の戦利品はたったこれだけである。海の男としては、穴があったら入りたいほど恥ずかしい明細だ。すべてを思い出せるのだから、私の記憶力もたいしたものである。しかし、ありがたいことに、当集落には「獲れすぎたらお裾分け」という美しい伝統があって、「捕獲3要素」を完璧なまでに兼ね備えた家々が何軒もあって、私の生涯収穫量の何十倍ものお裾分けのご相伴にあずかっている。まあしかしそれでも、海の幸は購入品に頼るケースが多い。
海の幸と一口に言っても、貝、魚、タコ、イカ、エビ、海草と色も形も様々で、イカやサザエのように何を考えて日々暮らしているのか見当もつかないやつもいるし、クラゲのように図体が大きく、邪魔なだけで目障りなヤツや毒を持っているものもいる。
政界で例えるなら民主党か。
輸送機関の発達により、海の幸は素早く産地から消費地に輸送される。産地以外でも新鮮な魚介類がてにはいる。よって、海のそばに住んでいるからと言って、特別の優位性がない。冷蔵庫がまだ普及していない時代、行商人から買った魚は朝のうちにume家では刺身にした。干物や塩引は夕飯ようのおかずだった。
イカ刺しで朝からいっぱいとというわけにもいかず、かといって干鱈でいっぱいというのも酒欲(というのかな)もわかない。
代々ume家の当主が下戸なのは、この辺りに原因があるのかもしれない。
いかにも中途半端であるが、食材今昔物語はこれでおしまい。魚はネタが少ないのです。
次回はいよいよ本篇「野菜の横綱」を投稿します。はたして、盆休暇中にアップできるか。
つづく
野菜の横綱 その1(食材今昔物語 肉篇)
「お気に入り」に登録してあるブログにはけっこうマメにコメントを書き込んでいるのに、我が「盆の風だより」はずーっと店主不在の開店休業が続いている。そろそろ陳列商品にはたきをかけて、モラトリアムの世界から脱出しなければならない。日向ぼっこしているクラゲのようにいつの間にか影も形もなくなる危険がある。
やっぱり野菜のことを書こう。
「ちょっとした事情」が生じたために「野菜の横綱」はタイトルをそのままに「食材の今昔物語]と,NHK特集のようなサブタイトルを付け加えます。「ちょっとした事情」については後ほど明かします。
「野菜の横綱」はなんであるかをテーマに記事を書くと予告編まで流しておきながら、ずーっとほったらかしていた。まずこれからかたずけよう。
食卓で野菜が主役になることはめったにない。たいていは肉や魚が主役だ。野菜は脇役の役回りが多いし、時にはエキストラ扱いを受けることもあります。
きちっと面をとったニンジンやジャガイモの温野菜が肉の傍ら、皿の片隅で行儀良く正座してしている様は、一見横綱の土俵入りを見守っている露払いのようにも見えます。いや、むしろ太刀持ちか?刺身の彩りや薬味として添えられるパセリや大根はどうでしょうか。パセリの役所はは女の子の髪を飾るりぼんのようなものですが、日本料理の代表格の刺身に西洋野菜の組み合わせがちょっと不思議です。誰が考えたのでしょうか。大根は主役の刺身の足がしびれるのを防ぐための座布団代わりということになるのか。いや、なりません。曲がりなりにも温野菜は「カリブ風仔牛のステーキ温野菜添え」と言う具合に、一応メニューにその存在が記されます。しかし、刺身のツマの野菜群は「ヒラメとカレイの舞い踊り風盛り合わせ、大根敷、パセリ添え」などと言うようにその存在を記されることもありません。ドラマで言えばエキストラ扱いであります。総じて食材界において野菜は軽んじられているといわねばなりません。野菜のことを「なければなくても良い」と世間では評価している人もいますし、野菜嫌いの子供達は「ない方がよい」と言い切るの子もいます。まるで、キーボードのキューと同じ扱いです。(実際、私のキーボードはキューのキーが欠落したままですが、全然不自由していません。)明らかに野菜は、肉や魚に比べ不当な扱いを受け、ないがしろにされている場合が多いのです。
野菜にはいろいろな種類があります。個性派揃いです。しかも、続々とニューフェイスが登場します。昨今の映画界には、個性的な名脇役が少なくなったという事実と比べてみてください。野菜が全員集合すればすごいキャストになります。映画界に貸してあげても良いほどですが、アルバイト扱いでは困ります。正社員でなければだめですよ。
肉は長い間、魚や野菜をさしおいてずーっと食材界の中心に居座り続け、我が物顔で食材界を席巻していました。肉汁という強い武器を持っているがために、のほほんと過ごしながらもその地位を脅かされることはありませんでした。安易なたとえですが、政界における自民党みたいなものです。食生活が今ほど豊かでなかった子供の頃、肉はまさに垂涎の的で、アメリカ映画の食事のシーンで、ナイフやフォークを巧みに操りながら「ビフテキ」を食べる様は、カレーに肉の代わりのサバ缶を使用していた時代を過ごしてきた私にとって、どんなにか肉に対する憧れに拍車をかけたことでしょうか。『「ビフテキ」をを食うために俺は金持ちになる』と強い決意を抱いたのは8歳と3ヶ月の頃でした。「ビフテキ」を食いたかったら、なぜ「俺は肉屋になる」と考えなかったのでしょう、今からすると不可解です。農家であったから、野菜には不自由しなかったし、魚も、家の前がすぐ海だったと言う環境だから、新鮮な魚はたやすくに手に入いりました。しかし、肉だけは直江津まで汽車に乗って買いに行かなければならなかった。肉との触れ合いは1年に、わずか数回しかなかったのです。
あっ、今思い出したけど、肉と言えば鶏はよく食べた。卵を採るために、当時の農家はたいていニワトリを飼っていて、卵の生産性が悪くなると、今は亡きスイばあちゃんが得意技「首捻り」で絞めていたのを思い出す。鶏たちもばあちゃんの殺気を感じると「今度はおまえの番だぞ」「いや、あいつだ」とささやきあっていたものです。この絞められた鶏たちは「鶏鍋」にされる。卵が尻の方から順番に、極大、大、やや大、中くらい、やや中くらい(こんな言葉はない?)小、やや小、極小と言った具合に、整然と並んでいた。ゆで上がった姿しか見たことはないけれども、あの卵は、ほとんど黄身で、殻のない状態だったはずだから、一体どんな風に体の中に格納されていたのかよく分からない。残ったガラは中華そば(乾麺)や手打ちそばの出し汁に使われた。ばあちゃんはどういう手法でそばを打ったのか覚えていないが、つなぎにいれる山芋の分量のを間違えたのだろう、松の葉っぱくらいの長さにブツブツと短く切れたそばが特徴で、エラク食いにくかった。しかし、ブツブツそばは鶏ガラスープの出し汁と絶妙のハーモニーを奏でていた。八王子には「冷やしトマトそば」があるそうだが、直江津にこんなそばがあっても良いだろう。こんなそばは、さすがの酔流亭さんや、花まきさん、小マメ太郎さん、がじゅたんさん、saheiziさん、夢八さんも食ったことはないだろう。
そういえば、乳の出が悪くなった山羊肉も食べたし、冬、仕掛けた罠にかかった野ウサギも食べた。近所の豚小屋が火事になり、焼け出された豚の丸焼けも食べた。こうしてみると、「ビフテキ」以外の肉はそれなりに食べていたようです。野菜の話をするはずなのに、肉の話が長くなりました。魚はとばして、と思ったが、そんなわけにもいかない。ひとしきり魚の話をしてからメインテーマである野菜の話に移ります。
残念ながら金持ちになるのに失敗した私ですが、オージービーフやアメリカ産の安い牛肉が手に入るようになった今、「ビフテキ」も特別な食い物ではなくなりました。
つづく
やっぱり野菜のことを書こう。
「ちょっとした事情」が生じたために「野菜の横綱」はタイトルをそのままに「食材の今昔物語]と,NHK特集のようなサブタイトルを付け加えます。「ちょっとした事情」については後ほど明かします。
「野菜の横綱」はなんであるかをテーマに記事を書くと予告編まで流しておきながら、ずーっとほったらかしていた。まずこれからかたずけよう。
食卓で野菜が主役になることはめったにない。たいていは肉や魚が主役だ。野菜は脇役の役回りが多いし、時にはエキストラ扱いを受けることもあります。
きちっと面をとったニンジンやジャガイモの温野菜が肉の傍ら、皿の片隅で行儀良く正座してしている様は、一見横綱の土俵入りを見守っている露払いのようにも見えます。いや、むしろ太刀持ちか?刺身の彩りや薬味として添えられるパセリや大根はどうでしょうか。パセリの役所はは女の子の髪を飾るりぼんのようなものですが、日本料理の代表格の刺身に西洋野菜の組み合わせがちょっと不思議です。誰が考えたのでしょうか。大根は主役の刺身の足がしびれるのを防ぐための座布団代わりということになるのか。いや、なりません。曲がりなりにも温野菜は「カリブ風仔牛のステーキ温野菜添え」と言う具合に、一応メニューにその存在が記されます。しかし、刺身のツマの野菜群は「ヒラメとカレイの舞い踊り風盛り合わせ、大根敷、パセリ添え」などと言うようにその存在を記されることもありません。ドラマで言えばエキストラ扱いであります。総じて食材界において野菜は軽んじられているといわねばなりません。野菜のことを「なければなくても良い」と世間では評価している人もいますし、野菜嫌いの子供達は「ない方がよい」と言い切るの子もいます。まるで、キーボードのキューと同じ扱いです。(実際、私のキーボードはキューのキーが欠落したままですが、全然不自由していません。)明らかに野菜は、肉や魚に比べ不当な扱いを受け、ないがしろにされている場合が多いのです。
野菜にはいろいろな種類があります。個性派揃いです。しかも、続々とニューフェイスが登場します。昨今の映画界には、個性的な名脇役が少なくなったという事実と比べてみてください。野菜が全員集合すればすごいキャストになります。映画界に貸してあげても良いほどですが、アルバイト扱いでは困ります。正社員でなければだめですよ。
肉は長い間、魚や野菜をさしおいてずーっと食材界の中心に居座り続け、我が物顔で食材界を席巻していました。肉汁という強い武器を持っているがために、のほほんと過ごしながらもその地位を脅かされることはありませんでした。安易なたとえですが、政界における自民党みたいなものです。食生活が今ほど豊かでなかった子供の頃、肉はまさに垂涎の的で、アメリカ映画の食事のシーンで、ナイフやフォークを巧みに操りながら「ビフテキ」を食べる様は、カレーに肉の代わりのサバ缶を使用していた時代を過ごしてきた私にとって、どんなにか肉に対する憧れに拍車をかけたことでしょうか。『「ビフテキ」をを食うために俺は金持ちになる』と強い決意を抱いたのは8歳と3ヶ月の頃でした。「ビフテキ」を食いたかったら、なぜ「俺は肉屋になる」と考えなかったのでしょう、今からすると不可解です。農家であったから、野菜には不自由しなかったし、魚も、家の前がすぐ海だったと言う環境だから、新鮮な魚はたやすくに手に入いりました。しかし、肉だけは直江津まで汽車に乗って買いに行かなければならなかった。肉との触れ合いは1年に、わずか数回しかなかったのです。
あっ、今思い出したけど、肉と言えば鶏はよく食べた。卵を採るために、当時の農家はたいていニワトリを飼っていて、卵の生産性が悪くなると、今は亡きスイばあちゃんが得意技「首捻り」で絞めていたのを思い出す。鶏たちもばあちゃんの殺気を感じると「今度はおまえの番だぞ」「いや、あいつだ」とささやきあっていたものです。この絞められた鶏たちは「鶏鍋」にされる。卵が尻の方から順番に、極大、大、やや大、中くらい、やや中くらい(こんな言葉はない?)小、やや小、極小と言った具合に、整然と並んでいた。ゆで上がった姿しか見たことはないけれども、あの卵は、ほとんど黄身で、殻のない状態だったはずだから、一体どんな風に体の中に格納されていたのかよく分からない。残ったガラは中華そば(乾麺)や手打ちそばの出し汁に使われた。ばあちゃんはどういう手法でそばを打ったのか覚えていないが、つなぎにいれる山芋の分量のを間違えたのだろう、松の葉っぱくらいの長さにブツブツと短く切れたそばが特徴で、エラク食いにくかった。しかし、ブツブツそばは鶏ガラスープの出し汁と絶妙のハーモニーを奏でていた。八王子には「冷やしトマトそば」があるそうだが、直江津にこんなそばがあっても良いだろう。こんなそばは、さすがの酔流亭さんや、花まきさん、小マメ太郎さん、がじゅたんさん、saheiziさん、夢八さんも食ったことはないだろう。
そういえば、乳の出が悪くなった山羊肉も食べたし、冬、仕掛けた罠にかかった野ウサギも食べた。近所の豚小屋が火事になり、焼け出された豚の丸焼けも食べた。こうしてみると、「ビフテキ」以外の肉はそれなりに食べていたようです。野菜の話をするはずなのに、肉の話が長くなりました。魚はとばして、と思ったが、そんなわけにもいかない。ひとしきり魚の話をしてからメインテーマである野菜の話に移ります。
残念ながら金持ちになるのに失敗した私ですが、オージービーフやアメリカ産の安い牛肉が手に入るようになった今、「ビフテキ」も特別な食い物ではなくなりました。
つづく


