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熊に襲われる

もちろん私ではない。仕事仲間の話である。野菜の横綱は何であるかをテーマに投稿の下書きをしていたのであるが、野菜にはカリスマ的存がいないために、選考が難航して記事がなかなかアップできないでいた。そんなところへ知人より「ホシノさんが熊に襲われた」との連絡があり、早速本日見舞いに行った。「野菜の横綱」よりは「熊に襲われる」のほうがニュースバリューがある。よって、テーマは変更された。

たばこがすいたいということで病室より車へ移動したくらいだから、けがの方は大分快復しており、深刻な状況ではなかった。何となくガッカリだとホシノさんに伝えた。臨場感にあふれた話が聞けるかと思っていたが、うそみたいに間抜けな話であった。


ume「本当に、熊に襲われたの?」

ホシノ「たぶん。目が覚めたら、顔にべったり血がついていたから、多分そうであろうと思う」

ume「襲われたときの様子を俺は聞きたい。そういう答では困る」

ホシノ「困ると言われても困る」

話が盛り上がらないので、ちょっと説明を加える。先々週の土曜日のこと、ホシノさんは友人と二人で蓮華温泉(糸魚川市、白馬岳の近く)へタケノコ採り(根曲り竹の子供、当地ではタケノコというと孟宗ではなくコッチのほうをさす。当地にはタケノコに一生を捧げると言うような人〈タケノコ族根曲り派過激分子=TNk〉がゴマンといて、かなりの勢力を保っている。大量に採取したものは瓶詰めにして保存食とする。TNkはタケノコのとれる所ならどこへでも分け入っていく。大量に作った瓶詰めは友人、知人、親戚にお裾分け。私はもちろんもらう方。採るだけで食わないと言う人もいる。)に出かけた。現地に到着したのが午前4時、8時に戻ってくることにして、二手に分かれて採取開始。山菜採りをした人なら分かるだろうが、あっちコッチと夢中になって探していると、とんでもないところまで移動して、現在地がどこであるかさっぱり分からなくなることがある。毎年春になると行方不明者が出るのはこういう理由からだ。で、ホシノさんも例にもれずで道に迷った。まだ朝の8時である。 約束の時間は過ぎたもののそのうち道も見つかるであろうとをくくって、「迷いついで」に「量も少なかった」のでにタケノコ採りを続行。TNKの本領発揮である。しかし、一向に道が見つからない。さすがのホシノさんも真剣になって道を探索したが見つからない。その頃、すでに捜索隊も出動していたが、暗くなってきたため、捜索中断。ホシノさんも探索中断、ビバークを決意。疲れ切ったホシノさんはうとうと眠りにつく。事件は深夜に起きるのであるが、襲われたときの様子を本人はよく覚えていない。[そういえばなんだか寝ているときに、二つの黒い影がそばへやって来て・・・うーん分からん。朝起きてみたら顔に血が・・・。]朝になって気持ちが落ち着いた(熊に襲われた後だが)ホシノさんは自力で本道を探し当てる。無事生還である。体の点検をしたら、顔、腕、足と熊にひっかかれた跡が無数にあった。

ume「道路が見つかったときはホッとしたであろう?」

ホシノ「まあね」と少し照れる。

ume「腹も減ったであろう、のども渇いたであろう」

ホシノ「捜索隊に会ったときはたばこが吸いたくて、水より何よりたばこをもらった。それにしても、くやしいのは・・・熊に・・・タケノコを盗られたことだ。俺は一体蓮華に何をしに行ったんだ。」

タケノコ採りをしているときにホシノさんは二頭の子熊を見た(その時なぜ逃げぬ?)と言うからたぶんそいつらが襲ったのであろう。しかもここかしこに熊の糞が散乱していた(なぜ逃げぬ?)のも見ている。TNKはこれしきのことではへこたれない。

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遠大な計画

ひょんなことから盆栽を始めた。今から4年前の話である。盆栽を始めたきっかけは覚えているが、どういう過程を経て今のように熱心になったのかよく覚えていない。いつのまにか熱心な「盆栽愛好家」になった。ただ、私の場合は、高価な盆栽は一つも持っていない。愛好家が見れば笑ってしまうような盆栽、正確に言えば盆栽とは言えないようなそんな代物ばかりである。単なる「木」である。傍から見れば、そんな木に対してなぜ熱心に手入れをしたり、水遣りをしたりするのか不思議に感じているようだ。家族がそうだし、なによりも私自身がそう思っている。
ちょっと話を飛ばす。
ケヤキの話である。建築材料としてのケヤキは非常に優れた特性を持っていて、高価なものである。昔の家屋にはよく使われていたようで、田舎では、旧家などでよく見かける。現しの太い梁は豪邸の一種のステータスになっていた。豪邸を訪れた際には、「すばらしい梁ですね、ケヤキですか」といっておけばまず、間違いない。そんなケヤキだから、素性のいいものは高額な金で取引される。しかし、杉などに比べれば、育てるの時間がかかって、100年単位になる。「あのケヤキ500万で売れたそうな」と云う類の話をよく聞くが、目利きでないとスカを掴むことになり、大損することもあるらしい。逆の場合もある。その時は大もうけということになる。「山師」という言葉はここから来たようだ。ケヤキも今は薄く削いで、合板などに貼り合わせて、天井材などに使われている。

さて、ここからが本題である。樹齢300年のケヤキが1本で500万円とする。あくまで仮説の話だから、仔細なことは突っ込まないでほしい。米や野菜を作っていれば、年収500万もあれば、田舎なら、結構優雅に暮らせる。つまりケヤキを1本売れば1年暮らせるのである。仮に、私が生まれた時に我が家に300年物のケヤキが1本あったとする。さらに、299年物が1本、298年物が1本、297年物が1本・・・当然、3年物も、2年物も、生まれた年に植えた物も1本。年代別に1本づつ、計300本のケヤキを所持し、以後、毎年1本づつケヤキの苗を植え、そして、1本づつ売る。末代まで、暮らしに困ることがないということになる。しかし、残念ながら、私の先祖はこのようなアイデアを持ち合わせていなかったようだ。私は今、300年後の子孫の生活を考えて、これから毎年ケヤキを1本づつ植えようかと思って・・・いない。労働の喜びを味わってもらうために。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

筍採れた お湯沸かせ

1日2度の更新です。どっかで息切れすのるだろうけれど、走られる時に走っておく。

午後から筍採りに行ってきました。20本の収穫です。採れたてはあくが少ない。採ったらすぐ茹でろ。定説です。それで、携帯から「筍採れたお湯沸かせ」。我が家の竹林はほとんど手入れがされておりません。時たま間伐するくらいのものです。あまり竹が混みすぎると筍が出てこないので、間引きをするわけです。あとはほったらかし。放任主義の下育った筍です。だから、手入れの行き届いた販売用の(ウチのやつはひたすらおすそ分け用、自家用)筍と違って黒々としていて(もちろん皮のかぶった状態)逞しい。手塩にかけて育てた上品な筍とはちょっとオモムキが違うのです。逞しいから美味いのかというと別にそんなことあるはづもなく、逞しさをあまり強調するのもなんなんですが、画像がないので、言葉で強調しておきました。

野菜類もそうなんだろうけれど、筍も一番採りのものが一番美味い。一番元気のあるやつが最初に地面から顔(頭かな?)を出す。元気のあるやつが美味い。そうに決まっている。ウチでは、地面を掘り起こしてまで、筍は採らない。むっくり、ずんぐりといった按配になるまで少し成長させて(2,3日)から採る。雨後の筍というくらいで雨が降れば一日でずいぶん伸びる。せっかく土の中からお天道さんを眺められる状態まで成長したコケ順のいい(盆栽用語;根元が太く先端に行くにしたがって細くなること)筍もあっという間に命がなくなる。かわいそうなものです。去年、鉢に入れて盆栽仕立てにしようとしましたが、すぐにかれてしまいました。

多分今晩の夕食は、筍ご飯に筍の味噌汁、同煮付けといったところでしょう。あと、ウドとたらの芽のてんぷら。5月はやたらとエンゲル係数が小さい。無論、米も自家米。

山菜の季節がやってきた

山菜の季節です。今のところ私の胃袋に納まったのは、わらび、こごめ(こごみ)、うど、たらの芽というところです。わらびはおひたし、こごめはサラダ、うどは初物は生で味噌をつけて食べ、二番採り以降はてんぷら、ぬた、きんぴら(皮の部分)がいい。たらの芽はこれはもうてんぷらでしょう。若い頃は、この季節は憂鬱だったもので、明けても暮れても山菜づくしの食卓にうんざりしたものでしたが、歳のせいでしょうか、近頃は山菜独特の味わいが好きになり、この季節は楽しみの季節となりました。ぜんまいも採れ始めました。こいつだけは取れたてを食べるということがなく、乾燥させて保存食にします。この地独特の具だくさんの雑煮に入れたり、味噌汁の具に入れます。

つい今しがた当家の竹林(孟宗)に筍の出具合はどんなものか見に行ってきたのだけれど、残念、まだ私の目にはその姿が見えませんでした。去年が豊作だったので今年はだめかなー。一般的には、筍はまだ頭が土の中で隠れているものを掘り起こして採取する。そのほうがあくもなく柔らかいので珍重される。しかし、私とすれば、もっと成長して大きくなったものの方が好きだ。わかめ(これも自家採取)といっしょに煮込んで、わかめがどろどろに溶けるまで鍋は火からはずさない。念をいれるならば、さらに二日、三日と煮返す。筍はべっこう色にお化粧する。根っこに近いところも柔らくなり、これを肴に一杯(おっと、私は下戸だった)。がりがり、わりわりとその歯ごたえがいいのだ。どこぞの料亭のような上品な味ではないが、なかなか味わい深いものがある。

当地では、筍と言うと姫竹(根曲がり竹とも言うのかな)の子供のことを指す。親指位の太さのやつだ。中学生のときに学校行事で筍狩りというのがあって、取れたての筍を鮭缶、豚バラ、じゃがいもといっしょに味噌汁仕立てにする。現地でわいわい言いながら食べる。懐かしい行事であったが、今はもうこの行事もなくなったようだ。ネットはようやくのことでisdn、都市ガスも下水道も、コンビにさえも近くにはない地域ではあるけれど、自然の恵みだけは味方してくれている。
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