エキサイトへ引越しです

記事の更新もできないしこのままブログを閉鎖しようと考えていました。前回の記事も本人には投稿した意識が無く下書きを保存しただけのつもりでいました。どこでどう操作を間違えたのかなぜか投稿されていました。たまたま覗いたブログに新しいコメントが入っているのを見て、そのことに気がつきました。コメントはこのブログにいつも優しい言葉を寄せてくださる方々からのものでした。愚にもつかないこんなブログを気にかけてくださる方もいるのをしり、嬉しく思い、しおれかけていた私も少し元気も出てきました。

気分を変えてエキサイトで新たにブログ(盆の風だより3)を始めることにしました。 今後もよろしくお願いいたします。

ブログ再開

長い間留守にしていましたが、死んだわけではありません。脳梗塞を発症して8ヶ月、病名が判明し、禁煙を始めてから5ヶ月が経ちました。
タバコの禁断症状はなくなったようです。からだの中からニコチンが抜けたのでしょうか、身体がタバコをほしがることはありません。
けれど、時々心がタバコをほしがることがあります。
最初に現れた症状、左指の運動障害に関してはほとんど改善されないまま月日が経ちました。それでも発症時に比べれば「できないこと」が減りました。「ちょっとやりにくいこと」がいくつもありますが日常生活で他人の手を借りなければならないことはありません。
左の指はグーもパーもできます。チョキだけができません。顔を洗うときに、指がうまく閉じないので水が指の間から漏れます。顔を洗うときは猫と同じで、右手だけで洗います。
茶碗は問題なく持てますが、蕎麦どんぶりは持てません。コーヒーカップも取っ手の部分を持つのはむつかしいので私にはあの取っ手は意味がありません。パソコンのキーは、リハビリを兼ねて無理に使いにくい左手を使うようにしています。
本のページがめくりにくい、痒いところが掻きにくい、この辺は大騒ぎするほどのこともないでしょう。
ハナクソをほじるのが結構難易度が高いのには驚きました。微妙な力加減や関節の曲げ角度調整が必要です。左指以外の上肢はほとんど問題ありません。「手首と肩がチョット」という程度です。
左指はパワーと器用さが低下したののでエアコンの室外機が持てません。電線の皮を剥けません。小さなパッキンを所定の位置に収めるのが困難です。シールテープを巻きつけるのに時間がかかります。20年以上かかって培ったプロの技はすべて消えてしまいました。親方が戦力として計算できないとなれば「ume小間物工事店」の存続は困難です。店は閉じることにしました。寂しいことではありますが仕方ありません。

5月は記念日だらけ

5月7日は私の「禁煙記念日」です。5月と言えば有名無名を問わず「記念日」が目白押しです。3日が「憲法記念日」で19日が認知度は低いが、「野の花記念日」。私の「ブログ記念日」も5月ですから、私の5月のカレンダーは記念日だらけです。
さりげなく言いますが、実のところ、禁煙しているはずの私は、今日タバコを一本吸いました。車の掃除をしていたらダッシュボードの中から2か月くらい前の手つかずのフロンティアライトが2個出てきたので、このまま捨てるのはもったいないと思い、つい禁煙中であることも忘れ、本能的になんの躊躇もなく封を切って、一本火を点けてしまいました。
「アッ!」と思いましたがもう遅い、「あわてるな、たった一本だ。味わって吸え!」とばかりに結局一本吸い切りました。
しかし、心配は無用、この一本は「なし崩しの一本」ではなく「自信に満ちあふれた余裕の一本」です。それが証拠に残りの39本は躊躇うこともなくすべて捨てました。まだニコチンの呪縛から完全に抜け切ったわけではありませんが一日に数回襲ってくる禁断症状は水を飲む事によってなんとか克服しています。周りで吸っているタバコの煙に惑わされることはもうありません。いつも寄るコンビニのお兄ちゃんも「タバコの売り上げ減少に歯止めをかけるべく私に仕掛けてくる「もうそろそろ吸い始めたら?」の誘惑にも動じません。やっとタバコとは縁が切れそうですがその割にタバコ貯金は増えません。ガム、あめ玉、時に豆大福なんかを買うからです。それにしても、掃除をしていたらライターが随分出てきました。どうしてこんなにライターを買い込んだのか私にも分りません。タバコに未練はないのですが、これから一生触れあうことがないと思うと寂しくもあります。往生際が悪いですね。

いつの間にかタケノコの季節が終わっていた

しばらくのご無沙汰でした。
2月から訳のわからない体調不良に見舞われ,4か月近くが経ちました。この間「盆の風だより」は開店休業状態で、「お気に入りブログ」を訪れても読み逃げばかりで、生体反応のないまま4か月を過ごしてしまった。
ようやくのことで5月7日に私の体調不良の原因がわかりました。我が町の医師団は私の病名を特定するのに4か月を費やした。それでいながら、私の症状を訊いた知人(左官屋のオヤジや近所のおばちゃん、大工のシミズさんなど)は高卒で、医学部では勉強していないにもかからず瞬時に病名を言い当てたり、最低限必要な検査項目を的確に指示してくれた。「頸椎ヘルニアであろう」で始まった私の体調不良の原因探しは4か月目にして、ようやく「脳梗塞」の結論までたどりついた。結果が出れば「ウンなるほどね」という感じの結論だったのだ。
病名も判らず、イライラしながら過ごした4か月であった。ありがたくない病名ではあったが、敵の姿が見えただけでも今は、気分的にはすっきりしている。
これからは、新たな梗塞を作らないための投薬や生活習慣の改善、食生活の工夫などが必要になってくるが「脳梗塞を治す治療法はない、壊死した脳は復活も再生もしない。従って左手の機能不全やその他の症状は改善されることはない」とドクターに言われたから、「ハイ、そうですか」と、すべてを私の運命として受け容れることにした。しょうがないジャン。

これによって、私のこれからの生活は激変することになる。今の左指の状態では仕事ができない。オヤジがこけたので「ume小間物工事店」は店仕舞いをしなければならないだろう。30代半ばではじめた商売である。一度たりとも「儲かった」を実感することもないまま店を閉じることになりそうだ。軟弱ものの私は最悪の結果に対してずっとふさぎこんでいました。私の容態に対してお心遣いを下さったかたがたには本当に感謝いたします。ずいぶん元気づけられました。ありがとうございました。やっとのことでタバコと決別したこともご報告いたします。100年禁煙がようやく始まりました。

書き足りないことがたくさんあります。気持ちが落ち着いたら、また書きます。しばらくの猶予を。

経過報告

久しぶりの更新です。ブログの再開は「駅風呂で」と思っていいましたが、不本意ながら心身共にまだ「再開」と意気込むほどのレベルまで達していません。いつまで冬眠していても春はやって来そうにもない。ここは強制的に冬の帳を開けることにしました。

私の容態を気遣ってくださった方々への「経過報告」もしなければならないので、「とりあえずの更新」と言うことになります。改めて、私の体調に対し,心優しいコメントを寄せてくださった方々にお礼申し上げます。ありがとうございました。


元気だけがとりえの私が「なんだかわけのわからない」体調不良に見舞われてほぼ2ヶ月たった。神経障害による左指の機能不全で、ボタンが留められない、札が数えられない(幸い機会もない)、茶碗が持てない,Shihtキーが抑えられない。不便は相変わらずだが、更に、小用の際に、もともと存在感の希薄だった「アイツ」を引っ張り出すのも添えの役割を果たす左手が不自由なものだから困難になった。手伝ってもらうわけにもいかないので、なんとかしているが・・・。
いつぞやの冬に、亀を助けなかったせいで、たたりにとりつかれたたのであろうか?
近頃は、亀の神経への攻撃は足元にまでも及び、膝に力がはいらず、歩くことも頼りない状態だ。生来が、気は小さいけれど楽天家のはずだった私もさすがにうろたえている。この季節は、本来なら、西方にお住まいの「野草ウォッチャー」に負けずと里山で、野草観察に精を出したり、かわいいミニ盆栽たちと戯れているはずであったが、今年は、春を素通りしなければならないようだ。仕事も2か月休んだ。ベッドの中で思うに任せない身体をもてあまし、天井を眺めながら、体調さえ元に戻ってくれるなら、贅沢は望まない。今後の生活は「一汁、一菜、僅かばかりの香の物、できれば生クリームたっぷりのイチゴショート、なんならリッツでもいいや」と「めい犬ウメ公主」に願いをつぶやいてみたけれど、「ワン」と応えてくれなかったから、ウメの力はあてにはならん。
生きるの死ぬのと言う病気でもないし、大きな痛みを伴う病気でもないのだから泰然自若と構えていれば良いのだが、若い頃に修行を怠ったせいで、一人でいるときは滅入ってしまう。ページがうまくめくれないから、「風呂に浸かりながら藤沢周平」ができない。「こたつにもぐりながら池波正太郎」もできなかった。
いつまでもベッドの中で、天井の観察をしていても、ことさらの新発見もない。非生産的状況からの脱却を試みるべく半人前にもならない身体で現場へも出てみたが、足手まといにしかならない。零細業の哀しいところで、養生一筋というわけにもいかない。今のところ、若者二人が、がんばってくれている。感謝感謝である。
実のところ、「「治療方針」だけでなく「原因もよく判っていない。病名も名無しの権平。時間だけがズルズルと過ぎていく。「痛くないのだから、しばらく様子を見ましょう」としか言わない、やる気のない担当医に見切りをつけて病院も替えたみたが、新しい先生も、首を捻るばかりで、見通しが立たないようだ。この間までは、多少エラそーなことを言っていたかもしれないが、今私は、明らかに弱者である。心優しい強者になるのが、私の人生の目標だった。この程度のことで、突然、悟りを開いた物言いをするのも何であるが、このピンチで、人間なんてもの(=私)はもろくて、頼りないものであることを知った。
ありがたいことに、私には、支えてくれる人や助けてくれる人がたくさんいた。とりわけ、家族の存在をありがたくも、心強く感じている。のり子さん(妻)、和枝さん(母)、ありがとうよ。私が、感謝する人たちに報いるには、早く復活することしかない。辛気くさい文章を書き連ねながら、脈絡のない結語になるが、
私は元気ですよ